「辰野金吾と美術」を巡る展示が東京ステーションギャラリーで開催。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

「辰野金吾と美術」を巡る展示が東京ステーションギャラリーで開催。

日本近代建築の父と称される建築家、辰野金吾。建築における美術用教育の重要性を説き続けた彼の業績を、“美術”を切り口にして振り返る「辰野金吾と美術のはなし」が11月24日まで開催中だ。

現在の東京駅丸の内駅舎(北口)。 (c) Yanagi Shinobu
日本銀行本店や東京駅丸の内駅舎などの設計で知られる辰野金吾の没後100年にあたる今年、ゆかりの深い東京ステーションギャラリーで彼の業績を振り返る。

辰野金吾は佐賀・唐津に生まれ、工部大学校(現在の東京大学工学部建築学科)の第1期生として入学。建築師、ジョサイア・コンドルの指導を受け、西洋建築を学んだあと、イギリスへ官費留学。帰国後、工部大学校の教授を務めるなど建築教育に専念し、退官後は建築事務所を設立して、200以上の建物を設計。明治・大正の建築界を主導し、日本の西洋建築導入に大きな功績を残した。
松岡壽《辰野金吾肖像》1921年、辰野家。
《シンバルを持つサテュロス》東京大学大学院工学系研究科建築学専攻。辰野が学生の時に制作した作品だ。
松岡壽《辰野金吾肖像》1921年、辰野家。
《シンバルを持つサテュロス》東京大学大学院工学系研究科建築学専攻。辰野が学生の時に制作した作品だ。
本展は約70点の資料や絵画を元に構成。初公開を含む東京駅の図面約20点を展示したコーナーでは、駅舎デザインが決定するまでの歩みや、創建当時の各部屋の配置や内装計画などを知ることができる。また、彼がイギリス留学時代に出合い、その後、互いの感性を刺激しあい続けた親友で洋画家・松岡壽の作品も。辰野、松岡の両氏が協働した大阪市中央公会堂にまつわる資料も展示し、辰野と美術界のつながりを提示する。また、辰野がヨーロッパ留学中、常に持ち歩いていたスケッチ帖も登場。丁寧な筆致からは彼が西洋の建築技術を貪欲に吸収し、帰国後、日本建築に生かそうとする思いが伝わってくる。
《辰野金吾滞欧野帳》1881‒82年、辰野家  (c) Osako Futoshi 日本近代建築の礎を築いた貴重なスケッチ群。
松岡壽《工部美術学校画学教場》1877‒78年頃、個人蔵。
《辰野金吾滞欧野帳》1881‒82年、辰野家  (c) Osako Futoshi 日本近代建築の礎を築いた貴重なスケッチ群。
松岡壽《工部美術学校画学教場》1877‒78年頃、個人蔵。
本展と合わせて、辰野金吾の代表作の一つ、日本銀行本店の向かいにある貨幣博物館で「辰野金吾と日本銀行─日本近代建築のパイオニア─」が12月8日まで開催中。日本銀行本店設計に至るまでの経緯を、未公開を含む関連資料や建築写真で紹介している。

『辰野金吾と美術のはなし 没後100年特別小企画展』

〈東京ステーションギャラリー〉
東京都千代田区丸の内1-9-1。〜11月24日。10時〜18時(金曜〜20時)。入館は閉館の30分前まで。会期中無休。一般500円。TEL 03 3212 2485。