クリスチャン・ボルタンスキーが残してくれたもの。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

クリスチャン・ボルタンスキーが残してくれたもの。

2021年7月14日、突然の訃報が世界を駆け巡ったクリスチャン・ボルタンスキー。日本にも恒久設置作品を残してくれた彼の足跡を振り返る。

2016年、〈東京都庭園美術館〉で個展『アニミタスーさざめく亡霊たち』を開催したときのクリスチャン・ボルタンスキー。 photo_Satoshi Nagare
詩的で物語性のある作品で多くの人を魅了したフランスのアーティスト、クリスチャン・ボルタンスキー。彼は1944年8月、解放直前のパリに生まれた。彼自身には戦争体験はないが、ユダヤ系の家族や親族らから聞く戦時中の話におびえ、学校にも行かず、あまり外出しない子供時代を送ったという。

60年代後半から作品を発表し始めた彼は家族のスナップ写真や、フレームに入った顔写真と電球、ビスケットの缶などを組み合わせたインスタレーションで注目を集める。近年では古着の山をクレーンがすくい取ってまた落とす、といった作品も発表していた。いずれも死を色濃く思わせる作品だ。

そんなシリアスな生い立ちと作品とは裏腹に、実際に会うボルタンスキーはどちらかというと陽気な人物だった。彼の話はユーモアに富み、いつも柔和な笑みをたたえている。自分のジョークが受けると嬉しそうにしていたのも印象的だった。
クリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマン《最後の教室》。新潟県十日町市の廃校になった小学校全体をアート空間に変えた。 photo_Keisuke Fukamizu
ボルタンスキーは2000年に始まった『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』のほぼすべての回に参加している。同芸術祭の総合ディレクター、北川フラムは「日本でアートに縁のなかったお年寄りと接する中で、彼の作品も希望を感じさせるものに変わってきたように思う」という。実際にこの20年ほどの間に発表した作品は、死を想起させるものの中にも生の輝きが色濃く反映されてきたように思える。

ボルタンスキーはまた、「芸術作品より神話のほうが力がある」とも言っている。彼の作品の中には屋外で野ざらしにされて、朽ちていくであろうものもある。チリのアタカマ砂漠に作られた《アニミタス》はその一つだ。砂漠に立てられたたくさんの風鈴はいずれ倒れ、なくなってしまうだろうと彼は言う。
瀬戸内海に浮かぶ豊島にあるクリスチャン・ボルタンスキー《心臓音のアーカイブ》。ボルタンスキーが集めた世界中の人々の心臓音を保存、聴くことができる。訪れた人が自分の心臓音を採録することも可能。 写真:久家靖秀
《心臓音のアーカイブ》の「ハートルーム」。明滅する電球とともに自身や他者の心臓音を聞くことができる。
 写真:久家靖秀
人々が心臓音を登録し、あとから聞くことができる《心臓音のアーカイブ》(香川県・豊島)に関して彼は「私の名前は忘れてくれてもかまわないけれど、心臓音を登録しにきてくれるとうれしい」と語った。アート作品を作曲家と演奏者の関係にたとえたこともある。演奏者は作曲家の楽譜を自分なりに解釈するから、モーツァルトやベートーヴェンの同じ曲でも人によって少しずつ異なる演奏が生まれる。同じ脚本でも演出家によって異なる演劇のように。

「私の作品も『ボルタンスキー作曲、演奏○○』というようになればいいと思っています」(ボルタンスキー)
クリスチャン・ボルタンスキー《ささやきの森》。森の中で揺れる無数の風鈴の短冊に大切な人の名前を書くことができる。名前を書くことでその人の記憶をとどめる。 写真:市川靖史
ボルタンスキーの作品でもっとも奇妙なものの一つが《C・Bの人生》という作品だ。ボルタンスキーのオフィスにカメラを取り付け、動画を作品の購入者に送り続ける。この作品を購入したのはオーストラリア・タスマニアで〈MONA〉(ミュージアム・オブ・オールド・アンド・ニュー・アート)を運営するデイヴィッド・ウォルシュというコレクターだった。ただし、作品の代金は一度に支払うのではなく、ボルタンスキーが生きている限り、毎月一定額を支払うという変わった契約が交わされた。

ボルタンスキーによるとウォルシュはプロのギャンブラーであり、近々作家が亡くなるだろうと予想したのだという。が、ボルタンスキーはその予想を超えて生きた。「つまり、私は賭けに勝ったのです」。この話をするとき彼はいつも嬉しそうだった。ボルタンスキーは亡くなってしまったからウォルシュはこれ以上、支払いをする必要はないだろう。でも彼は私たち同様、それをとても残念に思っているはずだ。
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