あの巨匠ル・コルビュジエを魅了した伝説の「ムルロ工房」をご存知ですか? | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

あの巨匠ル・コルビュジエを魅了した伝説の「ムルロ工房」をご存知ですか?

建築家ル・コルビュジエをはじめ、ピカソ、マティス、ミロなどの芸術家を虜にした、伝説の「ムルロ工房」が制作したリトグラフのヴィンテージ・ポスター展が開催される。ムルロ工房とは一体何なのか? その歴史と共に魅力を紹介したい。

ル・コルビュジエ:モデュロール 1956/62  Courtesy of Mourlot Editions
「ムルロ工房」をご存知だろうか? マティス、ミロ、シャガール、ブラック、レジェ……その卓越した印刷技術の高さから多くの芸術家を魅了し、皆こぞってここでリトグラフやポスターを制作したという、かつてパリにあった伝説の印刷工房である。ピカソが初めて版画を制作したのもこの工房で、その関係は1945年に始まり、晩年の1969年まで24年間続き、約400種のリトグラフ作品が制作されたという。
アンリ・マティス:装飾美術学校チャリティ・イベント 1951 Courtesy of Mourlot Editions
パブロ・ピカソ:レインボー・ダブ 1988 Courtesy of Mourlot Editions
ジョアン・ミロ:コンスタレーション展 1959  Courtesy of Mourlot Editions
アンリ・マティス:テートギャラリー彫刻展 1953  Courtesy of Mourlot Editions
そもそもムルロ工房は19世紀中頃のパリで、小さな商業版画や壁紙を扱う個人商店として開業した。それが芸術的なリトグラフを生み出す「ムルロ工房」として脚光を浴びるのは、3代目フェルナン・ムルロ(1895~1988)の時代になってからだ。彼は1930年〈ルーブル美術館〉で開催された『ドラクロワ展』のポスター制作で脚光を浴びると工房をリトグラフの仕事に一本化、マティスやミロなど多くの芸術家が参加した世界で最も美しいと言われたフランスの芸術文芸誌『ヴェルヴ』(1937~1960)とのコラボレーションを行うなどして、アート界との関係を深めていった。
アンリ・マティス:1940年代後半、ムルロ工房にて。 Courtesy of Mourlot Editions
ジョアン・ミロ:1950年代後半、ムルロ工房にて。 Courtesy of Mourlot Editions
フェルナンは、芸術家たちの目の前でリトグラフ制作の職人技や印刷過程を披露するなどして、積極的に工房の技術を売り込んだ。画家たちはムルロ工房で制作されるリトグラフの質の高さに驚嘆し、すぐに「製版」や「刷り」を担当する職人と議論しながら制作に没頭していったという。このような偉大な芸術家(アーティスト)×職人(アルチザン)の協同作業により、たくさんの芸術的な版画やポスターが生み出されていったというわけだ。

建築家ル・コルビュジエも例外ではなかった。彼は建築家である一方、画家という一面も持っていた。午前中は自宅のアトリエで絵を描き、午後から自ら主宰する建築事務所へ通って設計の仕事を行っていたのだ。フェルナン・レジェなどといった画家とも親交があり、絵画制作は彼の生活の一部になっていた。そんな芸術家としてのル・コルビュジエが絶大な信頼を寄せていたのも、このムルロ工房だった。コルビュジエは生涯25点ほどのリトグラフと15点のポスターを制作したが、それらはすべてこの工房でつくられたものだった。さらに、フェルナンとコルビュジエは単なる工房の経営者と建築家という枠を超え、あのル・コルビュジエが愛した別荘、南仏カップ=マルタンの休暇小屋の鍵をフェルナンに貸すほど仲がよかったという。

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