原爆を日英の視点で考えるアート|山下めぐみのロンドン通信 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

原爆を日英の視点で考えるアート|山下めぐみのロンドン通信

3月末に始まったコロナ禍によるロックダウンから約5ヶ月。条件付きで博物館なども徐々にオープンし始めたロンドンから、久々にレポート。

原爆の日にピカデリーサーカスの巨大スクリーンに映し出される計画は、レバノン・ベイルートの爆発惨事の直後ということでキャンセルになった。
8月15日の終戦記念日。イギリスでは「Victory over Japan」を短縮し、VJデイと呼ばれる。ドイツが降伏した5月8日のVEデイ(Victory in Europe)とともに、戦勝を祝う日でだ。戦争の歴史を展示する〈帝国戦争博物館〉では、原子爆弾投下をテーマに制作された、エズ・デブリンとマチコ・ウェストンによるデジタル映像作品『I Saw The Day World End』がオンラインで公開中だ。

当初、この作品は原爆が広島に投下された8月6日にロンドンの中心部、ピカデリーサーカスの大スクリーンでローンチされる予定だった。ところがベイルートで大爆発事故が発生。大スクリーンでの発表は自粛され、〈帝国戦争博物館〉での発表に変更になった。

制作者のエズ・デブリンは、カニエ・ウェストやU2のステージからオペラハウスまで、テクノロジーを駆使した舞台デザインで知られ話題のアーティスト。今回は長年彼女のアシスタントを務める、日本人でもあるマチコ・ウェストンとの共同制作となっている。イギリスと日本の両方の立場からリサーチを進め、ロックダウン中、リモートでコラボレーションしたものだ。作品発表のこの日、ふたりは5か月ぶりにリアルに顔を合わせている。原爆投下と同じ8月6日8時15分に映像は流れ始めた。

映像はこちらより見られるが、一部を抜粋しながら解説してみたい。
中央に引かれた白い光の横線、その上部には英米の識者や科学者など、下部には被爆者の言葉の字幕が現れ、交互に読み上げられていく。冒頭に登場するのは、SFの父とも称されるイギリスの作家H.G.ウェルズ著の『解放された世界』からの引用だ。

「そのパワーの源はとてつもなく強力ゆえ、人類は一年間都市を照らすほどのエネルギーを手にしたも同然だ」

H.G.ウェルズが、原子核反応によるパワフルな爆弾を使った世界戦争を描いたこのSF小説を書いたのは1913年のこと。その20年後、ウェルズの想像したものが、科学者のレオ・シラードに飛び火する。

「1933年9月、ロンドンのどんよりとした朝、サウサンプトン・ロウで信号待ちをしている時、電光のようにひらめいた」

ナチスの追及を逃れ、ロンドンに滞在していたユダヤ系ハンガリー人のシラードが、巨大エネルギーを発散する核の連鎖反応の可能性に気づいた瞬間の述懐だ。その起点となったのが、H.G.ウェルズの小説だったのである。

これと重なるように、その下に現れる被爆者の言葉。マチコ・ウェストンによる日本語を交えて読み上げられていく。

「カメラのストロボが何万個も集まったような青白い凄まじい光が襲い、そして真っ暗になりました」

「若いお母さんが頭のない赤ん坊をおぶっていました。お腹が裂けて腸が出ている人もいました」
白い光の横線の上が英米側、下が日本の被爆者の言葉。 (c) Es Devlin & Machiko Weston
画面は黒から赤へと変化しなから、やがて白く発光してキノコ雲の映像となる。 (c) Es Devlin & Machiko Weston
続いて当時のアメリカ大統領で、原爆投下を承認したとされるハリー・トルーマンによる1911年の書簡からの引用が現れる。

「ウィルズおじさんはチャイニーズとジャップが嫌いだが、私も嫌いだ。これは人種的な偏見だろう」

「私は日本の宣戦布告なき真珠湾攻撃にとても憤慨を覚える。獣と接するときは、それを獣として扱わなければならない」

トルーマンは若いころ白人至上主義団体KKKへの加入歴もあったという。彼の言葉に重なるように、「獣」と称された人々が全人類の平和を願う言葉が現れる。

「世界中の若い人たちにメッセージが届くことを祈っています。乱筆をお許しください」

「人類すべてが平和であることをお祈りします」

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