柳原照弘が手がけた、100年先を見据える京都の蕎麦菓子処。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

柳原照弘が手がけた、100年先を見据える京都の蕎麦菓子処。

室町時代に京都に創業した蕎麦の老舗〈本家尾張屋〉。現在は蕎麦店として人気を博している同店が、はじまりの記憶を受け継ぎ菓子処をオープン。デザインを手がけたのは柳原照弘です。

〈本家尾張屋〉本店(左)隣に開業した〈本家尾張屋 菓子処〉。
1465年、尾張国から京都に移転した〈本家尾張屋〉。もとは菓子屋として商いをはじめたが、その後「練る・伸ばす・切る」の技術を持っていたことから、蕎麦切はじめ麺類の注文を受けるように。その後は御所への出入りを許された「御用蕎麦司」として、市中の人々の暮らしに寄り添いながら発展してきた。

そして今、当主は16代目・稲岡亜里子さんに。稲岡さんはアメリカで写真家として活躍し、東京に拠点を移した後、2011年に京都に戻った。現当主として新しい時代を見据えた様々な試みにチャレンジする中、祖父と父が蕎麦づくりに注力して発展させていった〈本家尾張屋〉の、歴史の原点となる”菓子処”を今年改めてスタートさせたのだ。場所は本店のすぐ隣。もともと事務所として使用していた建物を、デザイナー・柳原照弘が歴史を受け継ぐ建物として蘇らせた。
入り口正面には、職人がもっとも苦労したという石造りの巨大カウンターが。
カウンターの上にはその日販売されている蕎麦菓子が行儀よく並ぶ。
以前烏丸通沿いに存在した菓子処が、2020年に復活。
そうしてできあがった新店は、蕎麦を生業にしてきた矜持と伝統を感じさせる建物だ。まず目に入るのは、重厚感がある巨大な石のカウンター。そこに〈本家尾張屋〉が扱う蕎麦菓子がそのまま並んでいる。ガラスケースを設けなかったのは、稲岡さんが求めた「商品を近くに感じられる空間」のため。そば餅、蕎麦ぼうる、蕎麦板……。素朴な質感の蕎麦菓子が衒いなく並んでいる様子は、それだけで愛らしい。このカウンターは、ときに職人たちの蕎麦打ちの練習台になることもあるという。

〈本家尾張屋 本店〉と菓子処をつなぐのは、小さな庭。今回新たに作庭したというこの庭から菓子処を眺めれば、茶室の躙口のような小さな入り口が、まるで額縁のように奥の菓子を切り取る。その見え方も、もちろん柳原が意図したものだ。
庭から中を見た様子。小さな通路口が蕎麦菓子が並ぶ棚を切り取る。
店の土壁には蕎麦がらが練りこまれているという。
庭と店舗を繋ぐのは、前の店舗で使われていた瓦。
「コロナのこともあり、今回はとくに丁寧に店づくりに時間をかけることができました」と稲岡さんは言う。柳原に依頼した理由は、稲岡さんの帰国以降、長く〈本家尾張屋〉のブランディングの相談に乗ってもらっており、〈本家尾張屋〉のことを心から理解している柳原なら必ず店をよくしてくれると自信があったからだという。そうしてできあがった店舗は、落ち着いた色の土壁や中庭が歴史ある本店との媒介の役割を果たしつつ、店として新しい方向を向こうという決意を感じさせるものだ。
尾張屋を代表する菓子「そば餅」。3個箱入り400円。「トースターで温め直して、コーヒーと合わせるのがおすすめです」と稲岡さん。
「蕎麦板(黒ごま)」平箱小12袋入り700円。蕎麦生地を薄く伸ばし、短冊状にしたものを一文字釜でかりっと焼いた香ばしいお菓子。
「蕎麦かりんとう」50g 400円。塩ごま、シナモン、キャラメルの3種類。
京都土産として名高い「蕎麦ぼうる」宝包み100g 600円。
また、菓子処では13、14、15代目と先代たちが考案した商品の数々を取り扱っているが、16代目の稲岡さんも「今の時代にあった新しい蕎麦菓子を考案したい」という思いから、菓子処限定の新しいラインを生み出した。稲岡さんにインスピレーションを与える料理人や菓子職人と、蕎麦菓子のコラボレーション。それが《No16》だ。

蕎麦と店の歴史に正面から向き合い、できあがった店。「100年、200年先にも残っていてほしい」という稲岡さんの願いは、きっと叶うはずだ。
《No16/ナンバー シックスティーン》第一弾、「蕎麦焙煎と蕎麦の実の生チョコレート」1個200円。11月〜3月販売予定。※写真はイメージです

〈本家尾張屋 菓子処〉

京都府京都市中京区車屋町通二条下る TEL 075 231 3446。11時〜16時。金〜日のみ営業。※祝日の営業の有無については公式サイトまたはInstagramで確認を。Instagram @honkeowariya_kashi

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