FASHION
伝説のデザイナーがモデルの映画『ファントム・スレッド』。
『カーサ ブルータス』2018年7月号より
June 10, 2018 | Fashion, Culture, Design | a wall newspaper | photo_Roger-Viollet/AFLO (Cristobal Balenciaga), Getty Images(Charles James), Mary Evans Picture Library/AFLO(Hardy Amies) text_Jun Ishida
P・T・アンダーソンの最新作『ファントム・スレッド』。登場するリアルなデザイナー像の元ネタとなった人物とは?
ポール・トーマス・アンダーソン(以下、PTA)監督の最新作『ファントム・スレッド』は、50年代ロンドンを舞台としたファッションデザイナーとそのミューズであるモデルの心理的パワーゲームを思わせる恋愛ドラマだ。ファッションの世界にあまり興味がなかったというPTAだが、伝説のデザイナー、クリストバル・バレンシアガの伝記を読んだことが本作を作るきっかけの一つになったという。
ダニエル・デイ=ルイス演じるデザイナー、レイノルズ・ウッドコックには、この時代に活躍した複数のデザイナーの要素が見受けられる。レイノルズの繊細で完璧主義、スターデザイナーでありながら表舞台に出ることを嫌う性格は、クリストバル・バレンシアガがモデルとなった。
ダニエル・デイ=ルイス演じるデザイナー、レイノルズ・ウッドコックには、この時代に活躍した複数のデザイナーの要素が見受けられる。レイノルズの繊細で完璧主義、スターデザイナーでありながら表舞台に出ることを嫌う性格は、クリストバル・バレンシアガがモデルとなった。
クリストバル・バレンシアガは30年代から50年代にかけてヨーロッパのファッション界に多大な影響を及ぼしたデザイナーだ。ココ・シャネルに「真の意味でクチュリエと呼べる唯一の人物」、クリスチャン・ディオールには「私たちすべての師」、そして弟子であったユベール・ド・ジバンシィからは「オートクチュールの建築家」と賞賛されたバレンシアガは、デザインから裁断、組み立て、縫製にいたるまでドレス作りのすべてを自分自身で行えるデザイナーだった。完璧なドレスを作るために1日に120回の仮縫いを行ったという彼のエピソードは、日夜を問わず制作に没頭するレイノルズの姿と重なる。また、作中でレイノルズが王女のウェディングドレスを制作するシーンがあるが、バレンシアガもまたスペインからベルギー王室へと嫁いだファビオラ王妃のウェデイングを手がけている。だがウエストラインを強調せず構築的でシンプルな服作りを行ったバレンシアガに対し、レイノルズが作るドレスはコルセットを用いたクラシックなものだ。それらは50年代のドレスメーカー、チャールズ・ジェームスやハーディ・エイミスのものを思わせる。チャールズ・ジェームスはニューヨーク社交界で高い支持を集めた英国出身のデザイナーだ。写真家のセシル・ビートンはモデルとともに彼のファッションポートレートも撮影しているが、この写真はレイノルズがモデルのアルマとともに撮影されるシーンに通じる。
ハーディ・エイミスは当時の英国女王エリザベス2世のお抱えデザイナーであり、レイノルズの住居兼仕事場であるハウス・オブ・ウッドコックの作りはサヴィル・ロウ14番地にあるエイミスのアトリエ兼店舗がモデルとなっているようだ。
デイ=ルイスはレイノルズを演じるにあたり、ニューヨーク・シティ・バレエ団の衣装監督のもとで洋裁を学んだという。デザイナー像の徹底的なリサーチのもとに作られた本作だが、そうしたディテールすべてが、レイノルズ・ウッドコックを実在したデザイナーであるかのように見せている。
『ファントム・スレッド』 レイノルズ・ウッドコックは、アルマ(ヴィッキー・クリープス)を見初め彼のミューズとするが、彼女の存在がデザイナーとしての彼の完璧な生活を崩してゆく。シネスイッチ銀座ほか全国公開中。