クリエイターたちをも魅了する“抽象熊”を代表する4名の作家。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

クリエイターたちをも魅了する“抽象熊”を代表する4名の作家。

『カーサ ブルータス』2021年10月号より

スタイリストから陶芸家まで、“モノ知り” がハマる北海道の木彫り熊。抽象的なその姿は、一見ただの木の塊だが、確かに熊を感じる。

柴崎重行 八雲を代表する熊彫作家・柴崎重行は、昭和初期に発足した八雲農民美術研究会で指導的立場として活躍後、脱退。初期には多くの具象熊の名作を残しているが、後年は毛を細かく彫らない抽象的な作品へと重心を移していった。その「ハツリ彫り」による抽象熊は北海道内で「幻の熊」と呼ばれ、多くのコレクターを生み出すことに。陶芸家バーナード・リーチが所有していたという話もある。銘は「志化雪」「志化」「志」と変遷。
北海道の木彫り熊が、高感度ピープルの間で人気!? そう聞いてびっくりするのも無理はない。その人気のやつは、誰もが頭に思い浮かべる、あの黒くテカテカと輝く、シャケを咥えたアイツ、とはちょっと違うのだ。

お土産品としての熊の彫刻が北海道で彫られるようになったのは、いまから約100年前のこと。道南の地、現在の八雲町には、明治以降、たくさんの旧尾張藩出身者が入植していた。大正時代に入り、この地を訪れた当時の尾張徳川家当主、徳川義親は農民たちの貧しい、楽しみの少ない生活を目の当たりにし、改善を試みる。そこで白羽の矢を立てたのが、旧婚旅行で訪れたスイスで出会ったペザントアート(農民美術)の木彫り熊だった。

農閑期である冬に現金収入を得るための産業として、さらには、農民たちの文化的楽しみとして始まった八雲の「熊彫」。その姿は、現在誰もがイメージするあの熊の姿とは少し違っている。鮭を咥えてもいなければ、テカテカと黒光もしていないのだ。

数ある八雲の熊彫の中でも一際目を見張るのが、この地で独自に発展を遂げた「抽象熊」。その圧倒的な存在感から、お土産物を超えたアートとして、多くの人たちがいま注目している。陶芸家、内田鋼一さんもその一人だ。この秋、内田さんが運営する〈BANKOアーカイヴデザインミュージアム〉では、八雲の抽象熊が並ぶ企画展が開催されている。
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