ART
銀座の中心に突如現れた、赤いモチーフの正体。
May 10, 2019 | Art | casabrutus.com | text_Mariko Uramoto
キャンバスに見立てた建物に鮮やかなモチーフを描き出すアーティストの湊茉莉。彼女の国内初の個展が〈銀座メゾンエルメス フォーラム〉で開催中だ。
レンゾ・ピアノが手がけたガラスブロックの建物に浮かび上がる、大きな赤いモチーフ。湊が今回の展示『うつろひ、たゆたひといとなみ』の中心に据えた作品《Utsuwa》だ。即興で、一筆で描かれたようにも見えるが、綿密なリサーチから生まれた作品だという。彼女はこれまでに、さまざまな土地の建物に直接ペインティングしているが、描くモチーフはすべて制作地で目にした風物のスケッチからスタートしている。今回の《Utsuwa》は、食器や食料を貯蔵する容器、宗教的な儀式の中で用いられるオブジェとしての器に着目し、ガラスブロックの建物を ”都市の器” と見立てて完成させた。この作品は外から鑑賞するだけでなく、建物内部に入るとまた別の楽しみがある。天候や時間帯によって、ガラスから透過する赤みを帯びた光が室内に落ち、空間全体の変容を目にすることができる。
湊は現在、フランスに拠点を置いている。今回展示されている絵画作品『方丈・ながれ』は〈ルーヴル美術館〉や〈チェルヌスキ美術館〉などで目にした黄河、メソポタミア、エジプト、イスラムといったさまざまな文明や文化の中で生まれたもの、たとえば、彫像やお守り、器や道具などに着想を得て描いている。「人はなぜ絵を描き始めたのか」をテーマに、欧州文化の礎を築いたケルトやガリア、古代ローマなど先住民族の文化について研究を続ける湊の思考が色濃く反映された作品だ。近年では、フランス全領土における奴隷制廃止に終止符を打った政治家、ヴィクトール・シュルシェールに関する作品も手がけており、本展でもその一部が披露されている。
《ツキヨミ》は湊の故郷、京都・桂川にある〈桂離宮〉の古書院がモデル。〈桂離宮〉は八条宮智仁親王が月見をするための別荘として造営したもので、古書院には池の水面に映った月を見る「月見台」が設けられている。湊はその月を愛でるための空間を数台の木製パネルを使って抽象的に再現。パネルの一部はアルミ箔で覆われており、壁の黄色が月の光のように映り込む。また、反対側のパネルには、ガラスブロックから透過した赤みを帯びた色が映し出される。鑑賞者の立つ位置によって、月と太陽が移動しているような、違う表情を楽しむことができる。
『うつろひ、たゆたひといとなみ』湊 茉莉展
〈銀座メゾンエルメス フォーラム〉東京都中央区銀座5-4-1 8F。〜6月23日。(ファサードペインティングは6月2日まで)会期中無休。入場無料。TEL 03 3569 3300。