宮沢賢治ゆかりの〈光原社〉で、必ず立ち寄りたい〈可否館〉へ | 行くぜ、東北。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

宮沢賢治ゆかりの〈光原社〉で、必ず立ち寄りたい〈可否館〉へ | 行くぜ、東北。

宮沢賢治の代表作『注文の多い料理店』を出版し、のちに民藝店となり歴史を重ねてきた盛岡の〈光原社〉。その敷地内にある喫茶〈可否館〉では、民藝の家具や器に触れながら、静かな時間を過ごすことができます。

木漏れ日がさす中庭の先に立つ〈可否館〉の建物。〈光原社〉を訪れたなら必ず立ち寄りたい場所だ。
日本の児童文学の金字塔として今も読み継がれる『注文の多い料理店』は、宮沢賢治の代表作にして生前に出版された唯一の童話集。この作品を1924(大正13)年に世に送り出したのが〈光原社〉の創業者・及川四郎氏だ。及川氏は盛岡高等農林学校(現在の岩手大学農学部)の卒業生で、宮沢賢治とは先輩、後輩の間柄だった。〈光原社〉という社名も、本の出版に際し、賢治が付けたことで知られている。
〈光原社〉では出西窯のカップ&ソーサー(写真)をはじめとした全国の焼物、沖縄のガラス製品や松本の家具、ホームスパンやキリム、綿織物の衣類など幅広い商品を扱う。
近年、ことに人気の高まりを見せるのが東北産の編組品。注文販売の品も多く、数年待ちの商品も。会津山ブドウ手提げ。左95,000円、右86,000円。
1933年、賢治が37歳の若さでこの世を去った時期と前後して、〈光原社〉は南部鉄器や漆器の製作を手掛け始める。その頃、南部鉄器の作家・高橋萬治や民藝運動を起こした思想家・柳宗悦、版画家の棟方志功らと出会い、徐々に全国の民藝品を扱う店へと変遷を遂げていった。現在、盛岡〈光原社〉は自社の工房で製造する漆器や全国の焼物、松本の家具などを扱う〈光原社本店〉と岩手や東北地方の物産を紹介する〈モーリオ〉、『注文の多い料理店』の初版本や宮沢賢治に関する資料を展示した〈マヂエル館〉など複数の建物が連なる複合施設となっている。
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