FOOD
長崎・雲仙で新生〈BEARD〉の謎を解くの巻。|Pのローカルレストラン探訪
May 15, 2021 | Food, Culture, Travel | casabrutus.com | photo_Norio Kidera text_Michiko Watanabe
目黒〈BEARD〉、神田〈The Blind Donkey〉で活躍していた原川慎一郎シェフが、長崎へ移住!? そんな情報を得て、グルメライター・Pは雲仙へ向かった。
●ただ、旅の途中。風のように流れ行く旅の途中。
おーい、おーい。一体どこに行っちゃったんだよ〜。
と、声には出さなかったけど、私たちは原川慎一郎シェフを探していた。目黒〈BEARD〉、神田〈The Blind Donkey〉と人気レストランで活躍していた原川さんが、ある日忽然と消えたのだ。ナゾは深まるばかり。なぁんてミステリアスな話ではなく、2020年秋、長崎県は雲仙に移住し、12月に新〈BEARD〉を開いていたのである。そんな嬉しいニュースに、じっとなんてしていられなくて、一路、雲仙へ。
温泉、おんせん、うぉんせん、うんせん、雲仙……
となったかどうかは知らんけど、かつて、温泉と書いて「うんぜん」と呼んでいたそうな。
雲仙市は、長崎県島原半島西部に位置する。静かな海と激しさを秘めた火山も温泉もある地。雲仙山系の山々に囲まれた緩やかな勾配の斜面には、棚田と段々畑が広がる。ここに育つ野菜や魚はさぞかし健やかに違いない。
と、声には出さなかったけど、私たちは原川慎一郎シェフを探していた。目黒〈BEARD〉、神田〈The Blind Donkey〉と人気レストランで活躍していた原川さんが、ある日忽然と消えたのだ。ナゾは深まるばかり。なぁんてミステリアスな話ではなく、2020年秋、長崎県は雲仙に移住し、12月に新〈BEARD〉を開いていたのである。そんな嬉しいニュースに、じっとなんてしていられなくて、一路、雲仙へ。
温泉、おんせん、うぉんせん、うんせん、雲仙……
となったかどうかは知らんけど、かつて、温泉と書いて「うんぜん」と呼んでいたそうな。
雲仙市は、長崎県島原半島西部に位置する。静かな海と激しさを秘めた火山も温泉もある地。雲仙山系の山々に囲まれた緩やかな勾配の斜面には、棚田と段々畑が広がる。ここに育つ野菜や魚はさぞかし健やかに違いない。
数年前から何度か雲仙を訪れていた原川さん、雲仙に強く惹かれたのは、岩崎政利さんという野菜農家との出会いがきっかけだった。農家の多くは、野菜の種を買って栽培しているが、岩崎さんは、自家採種して野菜を育てていく。昭和30年ぐらいまでは、普通に行っていたことなのだが、それを現代でやろうとすると、とてつもなく手間がかかる。種が交雑しないよう、畑を分散させる必要もあるから、場所も必要だ。だから、なおさら難しい。
岩崎さんは40年近く前から、地元・雲仙はじめ、全国から譲り受けた在来種の野菜80種ほどを、夫婦2人で種を採りながら育ててきた。これまでたくさんの野菜に出合ってきた原川さんでも、岩崎さんが丹精した野菜は特別だった。パワフルで生命力に富み、昔懐かしい味わいがする。「種を継ぐカルチャーにも感動したんです」と、原川さん。
岩崎さんは40年近く前から、地元・雲仙はじめ、全国から譲り受けた在来種の野菜80種ほどを、夫婦2人で種を採りながら育ててきた。これまでたくさんの野菜に出合ってきた原川さんでも、岩崎さんが丹精した野菜は特別だった。パワフルで生命力に富み、昔懐かしい味わいがする。「種を継ぐカルチャーにも感動したんです」と、原川さん。
雲仙には、岩崎さんのように自家採種して野菜を育てる若い農家もいる。そのひとりが、〈田中たねの農園〉の田中遼平さんだ。大学で経済を学び、フィリピンに留学した際、種をとって野菜を育てる農家の存在を知り、感銘を受けた。帰国後、研修を経て独立。現在、千々石(ちぢわ)ひょうたんブナ、八角オクラをはじめ、在来種の野菜と麦を、点在する30数枚の畑で手がけている。丘陵に広がる畑は、1枚ずつが決して広くはない。しかし、どの畑にも太陽が降り注ぐ。いかにも気持ちのよい場所で、野菜たちは機嫌よく育っている。
そもそも、原川さんが雲仙の野菜に触れるきっかけになったのは、雲仙千々石町でオーガニック直売所〈タネト〉を運営する奥津爾(ちかし)さんだ。奥津夫妻は、2003年、東京・吉祥寺で、妻・典子さんとともに〈オーガニック・ベース〉を立ち上げ、2013年には雲仙に移住。東京と雲仙を往き来しながら、いろんな形で、在来種の種を守り継ぐ活動をしている。その奥津夫妻が2019年、雲仙に開いたのが〈タネト〉である。
核となるのは、自家採種された在来種野菜だ。無農薬、無化学肥料の野菜はもちろん、種、油や麺、海苔などの食品、器なども扱う。奥には古本屋も併設されていて、一見、道の駅ふうながら、唯一無二のワクワクする空間になっている。
核となるのは、自家採種された在来種野菜だ。無農薬、無化学肥料の野菜はもちろん、種、油や麺、海苔などの食品、器なども扱う。奥には古本屋も併設されていて、一見、道の駅ふうながら、唯一無二のワクワクする空間になっている。
原川さんの雲仙移住には、奥津さんの存在も大きい。奥津さんの八面六臂の活躍で、すでに農家のみならず、いろんな人たちのネットワークが紡がれていたのだが、ただひとつ足りないピースが、その野菜の素晴らしさを築いてきた食の伝統文化を誰もが体験できる場であった。
そこに、原川さんの思いがぴたりとはまった。雲仙という土地が持つ豊かさを皿の上に表現し、食べることで体全体で感じとってもらえる場がレストラン新〈BEARD〉だった。〈タネト〉の奥津さんはそう言う。
原川さんが野菜を仕入れに来るのも〈タネト〉である。五木大根、横川つばめ大根、しゃくし菜、弘岡かぶ、大野赤かぶ、岩崎ねぎ(本名は岩津ねぎ。岩崎さんがつくっている甘く香り高いねぎ)、雲仙こぶ高菜、黒田五寸人参、たけのこ芋……などなど。ほんの一例だが、季節の移ろいにしたがって、メンバーはどんどん替わっていく。
そこに、原川さんの思いがぴたりとはまった。雲仙という土地が持つ豊かさを皿の上に表現し、食べることで体全体で感じとってもらえる場がレストラン新〈BEARD〉だった。〈タネト〉の奥津さんはそう言う。
原川さんが野菜を仕入れに来るのも〈タネト〉である。五木大根、横川つばめ大根、しゃくし菜、弘岡かぶ、大野赤かぶ、岩崎ねぎ(本名は岩津ねぎ。岩崎さんがつくっている甘く香り高いねぎ)、雲仙こぶ高菜、黒田五寸人参、たけのこ芋……などなど。ほんの一例だが、季節の移ろいにしたがって、メンバーはどんどん替わっていく。
雲仙は豊かな自然に恵まれた地だ。山に囲まれているだけに、水も豊かだ。原川さんは、週に2度ほど、車を駆って小浜町山領地区へ水を汲みに行く。真っ直ぐ天に伸びる杉の木立に挟まれた、薄暗く細い山道の先に、小さな祠が見える。〈水原神社〉だ。その脇でタンクに湧き水を汲む。この湧き水は沸かして、飲み水として提供もする。また、コースの一番最初に出される青菜のお出汁にも用いる。
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illustration Yoshifumi Takeda
P
ぴい 食中心のライター&編集者。「家政婦が見た!」的にこそっと取材したいタチ。原稿を書かなくて済むならどんなに幸せかといつも夢見ている。
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