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ヴァシュロン・コンスタンタンの修復技術を巡る心揺さぶる物語がヴェネチアで披露された。
September 13, 2024 | Design, Art, Culture | PR | text_Norio Takagi
職人技巧を駆使した世界各地の現代工芸品を展示する『HOMO FABER 2024(ホモ・ファベール 2024)』が9月1日、ヴェネツィアで開幕した(9月30日閉幕)。スイスの高級時計製造メゾン〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉は2022年開催の前回に引き続き、2019年からパートナーシップを結んでいるパリの〈ルーヴル美術館〉と一緒に出展。それぞれが持つ、優れた手業を披露した。
『ホモ・ファーベル』展で披露される〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉の修復技術。
19世紀に使われていた弓引き旋盤を使い、精巧な歯車を作っているその横で、マホガニーの板の表面が、手鉋で平滑に仕上げられていく。ここは、ヴェネチアのサンマルコ広場の対岸にある島、サン・ジョルジョ・マッジョーレで開催中の『ホモ・ファーベル』展会場の一角。弓引き旋盤を操作するのは、〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉の時計職人、手鉋を操るのは、〈ルーヴル美術館〉の家具職人である。彼らは、いずれも特別な技術を持っている。過去に製作したタイムピースと家具をあるべき姿へと修復する技術だ。
来年創業270周年を迎える老舗時計メゾン〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉は、2019年に〈ルーヴル美術館〉とパートナシップを締結。2022年に開催された第2回『ホモ・ファーベル』展では、「ヨーロッパと日本の人間国宝」というテーマに則し、〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉は俵屋宗達が描いた風神と雷神をそれぞれダイヤルに描いた2つのユニークピースを、〈ルーヴル美術館〉は、同館の額装工房の金箔職人が製作した、彫金の上から金箔を貼り彩色で強調した四曲屏風を展示公開した。そして現在開催中の第3回の同展のテーマ「The Journey of Life(人生の旅路)」にあわせ、それぞれの修復技術を紹介する絶好の機会だと捉えた。
スイスに時計メゾンは数多いが、自社のどの年代の時計でも直すことを約束するメゾンは、実は極めて少ない。〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉は、そんな稀有な存在の1つである。ジュネーブの本社内に専門のレストレーション(修復)工房を構え、19世紀当時の時計製作技術を今に受け継いでいる。〈ルーヴル美術館〉においても、美術品を可能な限り最善の状態で展示・保存するため、さまざまな専門分野の修復部門を持ち、やはり19世紀の工芸技術が継承されてきた。『ホモ・ファーベル』展で披露されるのは、両者が持つ修復技術の一部ではあるが、それぞれの神髄を目の当たりにすることができる。
実際、〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉のレストレーション(修復)工房で必要とされる手業は、実に多岐に渡る。
例えばケースの修復では、その時計が作られた時代と同じ手作業によるヤスリ掛けで、フォルムが整えられている。ダイヤルのインデックスやロゴのインクの入れ直しには、穂先が数本しかない極細の筆で1つずつ慎重に復元され、美しさを取り戻す。そして青い針は、スティールで形作り、手で磨き上げた後、アルコールランプで熱することで酸化被膜を形成し、ブルーに発色させている。ブルースティールとも呼ばれ、鮮やかなブルーが特徴の針の製作には、炎の当たり具合、さらに炎から遠ざけるタイミングの絶妙な調整が求められる。これを完全手作業で行える職人は、スイスでも極わずかだ。
来年創業270周年を迎える老舗時計メゾン〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉は、2019年に〈ルーヴル美術館〉とパートナシップを締結。2022年に開催された第2回『ホモ・ファーベル』展では、「ヨーロッパと日本の人間国宝」というテーマに則し、〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉は俵屋宗達が描いた風神と雷神をそれぞれダイヤルに描いた2つのユニークピースを、〈ルーヴル美術館〉は、同館の額装工房の金箔職人が製作した、彫金の上から金箔を貼り彩色で強調した四曲屏風を展示公開した。そして現在開催中の第3回の同展のテーマ「The Journey of Life(人生の旅路)」にあわせ、それぞれの修復技術を紹介する絶好の機会だと捉えた。
スイスに時計メゾンは数多いが、自社のどの年代の時計でも直すことを約束するメゾンは、実は極めて少ない。〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉は、そんな稀有な存在の1つである。ジュネーブの本社内に専門のレストレーション(修復)工房を構え、19世紀当時の時計製作技術を今に受け継いでいる。〈ルーヴル美術館〉においても、美術品を可能な限り最善の状態で展示・保存するため、さまざまな専門分野の修復部門を持ち、やはり19世紀の工芸技術が継承されてきた。『ホモ・ファーベル』展で披露されるのは、両者が持つ修復技術の一部ではあるが、それぞれの神髄を目の当たりにすることができる。
実際、〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉のレストレーション(修復)工房で必要とされる手業は、実に多岐に渡る。
例えばケースの修復では、その時計が作られた時代と同じ手作業によるヤスリ掛けで、フォルムが整えられている。ダイヤルのインデックスやロゴのインクの入れ直しには、穂先が数本しかない極細の筆で1つずつ慎重に復元され、美しさを取り戻す。そして青い針は、スティールで形作り、手で磨き上げた後、アルコールランプで熱することで酸化被膜を形成し、ブルーに発色させている。ブルースティールとも呼ばれ、鮮やかなブルーが特徴の針の製作には、炎の当たり具合、さらに炎から遠ざけるタイミングの絶妙な調整が求められる。これを完全手作業で行える職人は、スイスでも極わずかだ。
受け継がれた修復技術でムーブメントの機能と美しさとを取り戻す。
修復技術は、むろんムーブメントにも及ぶ。それは機能を取り戻す、というだけに留まらず、作られた当時の姿に戻すことも含まれる。
16世紀半ばにジュネーブで萌芽したスイス時計産業は、同地にすでに盛んだった金細工技術と結びつき、ムーブメントの機能とともに美を重んじるジュネーブ様式を築き上げてきた。1755年にジュネーブで創業した〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉は、ジュネーブ様式の真の継承者である。ムーブメントに求められるのは、すべてのパーツから機械加工の跡を完璧に消し去ること。そのために多様な装飾・仕上げ技術が確立され、厳守されてきた。今も〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉のムーブメントには、徹底した装飾・仕上げが隅々にまで行き渡っている。そしてメゾンのレストレーション工房では、19世紀の技術と必要とあらば製作当時に使用されていた工作機械を用いてパーツが再製造され、手仕上げですぐれた美観をかなえている。
冒頭で紹介した滑車に弦をかけ、柄を引いて回す弓引き旋盤が、レストレーション工房で現役で働いているのは、19世紀に作られた懐中時計のパーツを、当時と同じ工作機械で再製造するため。左手で弓を引き、右手で刃を当てて歯車の歯を1つ1つ切る。さらに歯車の軸の先端(ホゾ)を回しながらヤスリ掛けして髪の毛のように極細に削り、回転時の摩擦を最小限にする。金属盤を固定し、回転する切削工具を当てて凹凸に加工するミリングマシン(フライス盤)も手回しだ。レストレーション工房で働く時計師たちが、特別なスキルの持ち主であることが、想像できるだろう。そして使えるパーツは可能な限り残し、洗浄して仕上げ直し、再製造したパーツとともに手で組み立てられ、ムーブメントは元の機能と美しさとを取り戻す。その手業の多くは今では稀少で、まさに『ホモ・ファーベル』展で実演展示するに、ふさわしい。
〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉は創業以来、今日まで一度も途切れることなく時計製作に向き合ってきた世界最古の時計メゾンである。だからこそ、修復に必要な設計図、図解、使用説明書、そしてパーツも大切に保管されてきた。もちろんパーツが無ければ、その時計が製造された当時の機械を用いてゼロから作ることも。つまり、レストレーション工房の古い工作機械とそれを扱る技術も、失われることなく受け継いできたのだ。
16世紀半ばにジュネーブで萌芽したスイス時計産業は、同地にすでに盛んだった金細工技術と結びつき、ムーブメントの機能とともに美を重んじるジュネーブ様式を築き上げてきた。1755年にジュネーブで創業した〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉は、ジュネーブ様式の真の継承者である。ムーブメントに求められるのは、すべてのパーツから機械加工の跡を完璧に消し去ること。そのために多様な装飾・仕上げ技術が確立され、厳守されてきた。今も〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉のムーブメントには、徹底した装飾・仕上げが隅々にまで行き渡っている。そしてメゾンのレストレーション工房では、19世紀の技術と必要とあらば製作当時に使用されていた工作機械を用いてパーツが再製造され、手仕上げですぐれた美観をかなえている。
冒頭で紹介した滑車に弦をかけ、柄を引いて回す弓引き旋盤が、レストレーション工房で現役で働いているのは、19世紀に作られた懐中時計のパーツを、当時と同じ工作機械で再製造するため。左手で弓を引き、右手で刃を当てて歯車の歯を1つ1つ切る。さらに歯車の軸の先端(ホゾ)を回しながらヤスリ掛けして髪の毛のように極細に削り、回転時の摩擦を最小限にする。金属盤を固定し、回転する切削工具を当てて凹凸に加工するミリングマシン(フライス盤)も手回しだ。レストレーション工房で働く時計師たちが、特別なスキルの持ち主であることが、想像できるだろう。そして使えるパーツは可能な限り残し、洗浄して仕上げ直し、再製造したパーツとともに手で組み立てられ、ムーブメントは元の機能と美しさとを取り戻す。その手業の多くは今では稀少で、まさに『ホモ・ファーベル』展で実演展示するに、ふさわしい。
〈ヴァシュロン・コンスタンタン〉は創業以来、今日まで一度も途切れることなく時計製作に向き合ってきた世界最古の時計メゾンである。だからこそ、修復に必要な設計図、図解、使用説明書、そしてパーツも大切に保管されてきた。もちろんパーツが無ければ、その時計が製造された当時の機械を用いてゼロから作ることも。つまり、レストレーション工房の古い工作機械とそれを扱る技術も、失われることなく受け継いできたのだ。
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