ART
名和晃平の新作大型彫刻が、パリの西・セーヌ川の中州に誕生。
『カーサ ブルータス』2023年8月号より
August 5, 2023 | Art | window on the world | photo_Gérald Le Van Chau text_Izumi Fily-Oshima
名和晃平による高さ25mの大型彫刻が、パリの西、セガン島に完成した。《Ether(Equality)》は、地面に落下する水滴の形を上下反転させながら積み重ねた多面体の造形。背後に建つ坂 茂設計の〈ラ・セーヌ・ミュジカル〉の多面球ドームと呼応し、セーヌ川の新しいシンボルに相応しい存在感だ。その成り立ちや、完成した作品への想いを、名和に聞いた。
パリの西、ブーローニュ・ビヤンクールを流れるセーヌ川に浮かぶセガン島。長年、ルノーの自動車工場があったが、2009年、ジャン・ヌーヴェルをディレクターに大規模な再開発が始動。2017年には、日本を代表する建築家・坂 茂とフランス人建築家ジャン・ドゥ・ガスティーヌの設計によって、多面球のガラスドームが印象的な音楽複合施設〈ラ・セーヌ・ミュジカル〉が完成した。
島の先端に相応しいアートを、とオー・ド・セーヌ県が国際コンペを開催したのは2019年のこと。名和はこの前年、日仏国交160年を記念した「ジャポニズム2018」に関連し、パリのルーヴル美術館のガラスピラミッドで彫刻作品《Throne》を展示していた。これを見た、フランスのデジタルアートを牽引するプラットフォーム「DANAE.IO」がコンペへの共同参加を持ちかけ、プロジェクトはスタートした。
島の先端に相応しいアートを、とオー・ド・セーヌ県が国際コンペを開催したのは2019年のこと。名和はこの前年、日仏国交160年を記念した「ジャポニズム2018」に関連し、パリのルーヴル美術館のガラスピラミッドで彫刻作品《Throne》を展示していた。これを見た、フランスのデジタルアートを牽引するプラットフォーム「DANAE.IO」がコンペへの共同参加を持ちかけ、プロジェクトはスタートした。
「滞仏中にセガン島に足を運び、それ以来、セーヌの土地を包む空気との調和を目指しながら、作品の模索を続けてきました。例えば、十二角形をベースとした多面体による構成は、〈ラ・セーヌ・ミュジカル〉のドームと呼応しています。柔らかなシルバーピンクに輝く色彩は、移り変わる空の色や植物の緑、川面に映える夕日の色に美しく馴染むことを意図しました」と名和。
セガン島の歴史、新しい文化圏としての役割、そしてコンペのテーマ「平等」に思いを馳せ、水や重力という普遍的なモチーフが浮かんできたという。
「《Ether》 は大小様々なボリュームを垂直に連ねた柱のような彫刻です。一つ一つのボリュームは、地面に落下する滴からシルエットを取り出し、それを回転・上下反転させて組み合わせることで造形しています。滴のかたちを決定する重力とその反転力が打ち消し合うことによって生まれた、調和した静止状態の結晶体です。それを積み重ねることで、無数の均衡を内に湛えた形が立ち上がります」
セガン島の歴史、新しい文化圏としての役割、そしてコンペのテーマ「平等」に思いを馳せ、水や重力という普遍的なモチーフが浮かんできたという。
「《Ether》 は大小様々なボリュームを垂直に連ねた柱のような彫刻です。一つ一つのボリュームは、地面に落下する滴からシルエットを取り出し、それを回転・上下反転させて組み合わせることで造形しています。滴のかたちを決定する重力とその反転力が打ち消し合うことによって生まれた、調和した静止状態の結晶体です。それを積み重ねることで、無数の均衡を内に湛えた形が立ち上がります」
この均衡は、コンペのテーマ「平等」とも深く関わっている。現代における平等とは、動植物や微生物を含めた地球全体の調和の上にこそ成り立つのではないか、と名和は問う。
「水が姿を変えながら世界を満たすように、重力をはじめとした無数のベクトルが調和することで物質が形を成すように、相反するもの同士が均衡を保つことで、創造の余地が生まれます。それこそは、あらゆる生命のつながりを成立させている、普遍的な平等の原理でしょう。
学生時代の恩師、彫刻家の野村仁先生は『cosmic sensibility』という概念を唱えています。宇宙の中で偶然に生まれた生命は、その知性と感性を発達させた結果、自らを産んだ宇宙の果てまで想像できるようになりました。想像力によって人間社会の利害関係を超え、宇宙規模の生命と物質の循環の中に自らを位置付ける、そんな宇宙的感性を持った次世代を育むことは、平等な世界への一歩であり、そのためにアートができることは非常に大きいはずです」
軽やかさを感じさせる本作だが、重さは25トン、そして地中には22mの鋼管の根を4本も下ろしている。敷地は定期的な水没の恐れがあるため、さまざまな規制や法律に適合する構造計算が模索され、制作にはフランス国内の高度な技術を持つ鋼鉄工房、塗装工房が参加した。
「水が姿を変えながら世界を満たすように、重力をはじめとした無数のベクトルが調和することで物質が形を成すように、相反するもの同士が均衡を保つことで、創造の余地が生まれます。それこそは、あらゆる生命のつながりを成立させている、普遍的な平等の原理でしょう。
学生時代の恩師、彫刻家の野村仁先生は『cosmic sensibility』という概念を唱えています。宇宙の中で偶然に生まれた生命は、その知性と感性を発達させた結果、自らを産んだ宇宙の果てまで想像できるようになりました。想像力によって人間社会の利害関係を超え、宇宙規模の生命と物質の循環の中に自らを位置付ける、そんな宇宙的感性を持った次世代を育むことは、平等な世界への一歩であり、そのためにアートができることは非常に大きいはずです」
軽やかさを感じさせる本作だが、重さは25トン、そして地中には22mの鋼管の根を4本も下ろしている。敷地は定期的な水没の恐れがあるため、さまざまな規制や法律に適合する構造計算が模索され、制作にはフランス国内の高度な技術を持つ鋼鉄工房、塗装工房が参加した。
「彫刻とは、さまざまな歴史や文化、時代の空気、人々の思想や感覚などを物質化して保存可能にするフォーマットだと思っています。この作品がこの時代に生まれたことそのものが、未来へ向けたメッセージであり、それは本作が存在し続ける限り、いつまでも世界へと響き続けていくはずです」と名和。
《Ether(Equality)》はこれから恒久的に、セガン島の新しいシンボルとして、街の喧騒と川の流れ、刻々と移ろう光、水面をわたる風に抱かれて、セーヌ両岸の発展を見守っていく。
《Ether(Equality)》はこれから恒久的に、セガン島の新しいシンボルとして、街の喧騒と川の流れ、刻々と移ろう光、水面をわたる風に抱かれて、セーヌ両岸の発展を見守っていく。