ART
風とともにある魂を見る、ボルタンスキー作品。
July 2, 2019 | Art | casabrutus.com | text_Naoko Aono editor_Keiko Kusano
〈国立新美術館〉での個展も大評判のボルタンスキー。表参道の〈エスパス ルイ・ヴィトン東京〉では「アニミタスII」と題したインスタレーションが見られます。天空に浮かぶギャラリーで話を聞きました。
ルイ・ヴィトン表参道ビルの7階にあるギャラリーに立てられた2枚の大きなスクリーン。向かい合わせになったスクリーンの片方には湖が、もう片方には森が映し出されている。どちらにもたくさんの風鈴が吊るされていて、ちりんちりんとやさしい音をたてる。床には枯れ草と花が敷き詰められていて、いい香りがする。
湖が映し出されているのは《アニミタス(死せる母たち)》(2017年秋)、森の方は《アニミタス(ささやきの森)》(2016年)という作品だ。「アニミタス」とは「小さな魂」の意味で、チリでは交通事故などで亡くなってしまった人の魂を慰めるために道端に作られる小さな祠を指す。ボルタンスキーはすでにチリのアカタマ砂漠で《アニミタス》(2014年)を制作、2017年にはカナダの雪原で《アニミタス(白)》を制作した。どちらも砂漠や雪原の中にたくさんの風鈴が吊るされて風に揺れる。ボルタンスキーはこの様子を日の出から日没まで固定カメラで撮影し、映像インスタレーションにした。《アニミタス(白)》は現在、〈国立新美術館〉での「Lifetime」展で展示されている。
〈エスパス ルイ・ヴィトン東京〉で展示されている《アニミタス(死せる母たち)》はイスラエルの死海で撮影したもの。フランス語では死海を現す「Mer Morte」と「死せる母たち」の「Mères Mortes」は同じ発音になる。ボルタンスキーは自身の転機になった出来事として「両親の死」をあげたことがあるが、この作品と直接の関係はないという。
「この作品は母が亡くなって10年経ってから制作したものなので、母の死を受けて作ったというわけではないんです。ただ、親が亡くなると死が身近なものになりますよね。自分の死にも思いを馳せるようになる」
彼は、亡くなった人の魂が周りにいると感じることがあるのだという。
「風鈴の音は日本独自のもの。目には見えないけれど、風のように私たちのまわりを取り囲む亡霊のようです。風も特別な力を持つ、不思議な存在です。ときに家を倒すほどの力があるのに、見ることはできません」
「アニミタス」のシリーズのうち、「ささやきの森」をのぞく3つは砂漠や雪原で風にさらされてすでに壊れてしまっているだろう、と彼は言う。私たちはそれを記録した映像のみを見ることができる。
「人が死ぬと魂はしばらく残っているけれど、ある期間を過ぎると消えてしまう。私たちがその人のことを忘れてしまって、誰も思い出さなくなると完全に消えてしまうのです。私の作品も何年かの間はそこにあると思いますが、そのうちに風で風鈴は倒れてしまい、なくなってしまうでしょう。でもそのあとに“神話”が残ればいい。人々が私の名前を忘れてしまっても、こんな作品があったという記憶が残ればいいと思っています」
「この作品は母が亡くなって10年経ってから制作したものなので、母の死を受けて作ったというわけではないんです。ただ、親が亡くなると死が身近なものになりますよね。自分の死にも思いを馳せるようになる」
彼は、亡くなった人の魂が周りにいると感じることがあるのだという。
「風鈴の音は日本独自のもの。目には見えないけれど、風のように私たちのまわりを取り囲む亡霊のようです。風も特別な力を持つ、不思議な存在です。ときに家を倒すほどの力があるのに、見ることはできません」
「アニミタス」のシリーズのうち、「ささやきの森」をのぞく3つは砂漠や雪原で風にさらされてすでに壊れてしまっているだろう、と彼は言う。私たちはそれを記録した映像のみを見ることができる。
「人が死ぬと魂はしばらく残っているけれど、ある期間を過ぎると消えてしまう。私たちがその人のことを忘れてしまって、誰も思い出さなくなると完全に消えてしまうのです。私の作品も何年かの間はそこにあると思いますが、そのうちに風で風鈴は倒れてしまい、なくなってしまうでしょう。でもそのあとに“神話”が残ればいい。人々が私の名前を忘れてしまっても、こんな作品があったという記憶が残ればいいと思っています」
《アニミタス(ささやきの森)》に収録されている《ささやきの森》は他の3つとは違い、風鈴が瀬戸内海の豊島に恒久設置されている。ここでは鑑賞者が風鈴の短冊に、大切な人の名を書くことができる。豊島にはもうひとつ、《心臓音のアーカイブ》という恒久設置作品がある。こちらでは鑑賞者の心臓音を録音したり、他の人の心臓音を聞くことができる。彼はここが“巡礼の地”になればいいと思っている、という。大切な人の名を書いた風鈴の音を聞きに、あるいは自分が知っている人の心臓の音を聞きに豊島まで訪れる、その道行きも彼の作品の一部だ。
「人は死んだらどうなると思いますか」と問うと、「それも“問い”なんだよ」と彼は言う。ボルタンスキーは講演などでたびたび、「答えのない“問い”の答えを探し続けること」について言及している。
「私は、宗教には2つの種類があると思っています。答えを与えてくれる宗教と、永遠に問い続けるようにと教える宗教の2つです。私の考え方は後者に近い。鍵のかかった扉の前に立っているけれど、その扉を開ける鍵は存在しないことは知っている。でも、その鍵を探し続けるようなものです」
「人は死んだらどうなると思いますか」と問うと、「それも“問い”なんだよ」と彼は言う。ボルタンスキーは講演などでたびたび、「答えのない“問い”の答えを探し続けること」について言及している。
「私は、宗教には2つの種類があると思っています。答えを与えてくれる宗教と、永遠に問い続けるようにと教える宗教の2つです。私の考え方は後者に近い。鍵のかかった扉の前に立っているけれど、その扉を開ける鍵は存在しないことは知っている。でも、その鍵を探し続けるようなものです」
「アニミタス」は彼にとって“穏やかな”作品なのだという。
「私たちが死んだあとはアニマ(小さな魂)となって風とともに存在している。そう考えると悲しみも消えていくのではと思います。私はアーティストとしていつも同じ問いの答えを探し続けていますが、年を重ねるにつれて感じ方が変わってきました。なんというか、旅をするのに似ていますね。いろいろなところに行って違う景色を見て、そこで出会った人とさまざまなことを話す。すると同じ質問でも違う答えが見つかったりするのです。私は年齢的に、徐々に死に近づいていますが、より穏やかな気持ちになるのを感じています」
〈国立新美術館〉では多くのスペースを闇で覆ったボルタンスキーだが、〈エスパス ルイ・ヴィトン東京〉では大きな窓から自然光が入ってくるのをそのままにした。
「美しい東京の景色を楽しんでほしいと思ったんです。偶然ですが、すぐ近くに教会があって十字架が見えるのも面白いと思いました」
東京の街を見ながら豊島への道行きを思い、死海での風を感じる。私たちもこうして、安寧の地に向かう旅に出ることができるかもしれない。旅の途中でボルタンスキーの作品を思い出すと、きっとその度に少しずつ違う“答え”が見えてくるだろう。
「私たちが死んだあとはアニマ(小さな魂)となって風とともに存在している。そう考えると悲しみも消えていくのではと思います。私はアーティストとしていつも同じ問いの答えを探し続けていますが、年を重ねるにつれて感じ方が変わってきました。なんというか、旅をするのに似ていますね。いろいろなところに行って違う景色を見て、そこで出会った人とさまざまなことを話す。すると同じ質問でも違う答えが見つかったりするのです。私は年齢的に、徐々に死に近づいていますが、より穏やかな気持ちになるのを感じています」
〈国立新美術館〉では多くのスペースを闇で覆ったボルタンスキーだが、〈エスパス ルイ・ヴィトン東京〉では大きな窓から自然光が入ってくるのをそのままにした。
「美しい東京の景色を楽しんでほしいと思ったんです。偶然ですが、すぐ近くに教会があって十字架が見えるのも面白いと思いました」
東京の街を見ながら豊島への道行きを思い、死海での風を感じる。私たちもこうして、安寧の地に向かう旅に出ることができるかもしれない。旅の途中でボルタンスキーの作品を思い出すと、きっとその度に少しずつ違う“答え”が見えてくるだろう。
『CHRISTIAN BOLTANSKI - ANIMITAS II』
東京都渋谷区神宮前5-7-5 ルイ・ヴィトン表参道ビル7F。〜2019年11月7日。12時〜20時。TEL 0120 00 1854。入場無料。