まるでアール・ヌーヴォー!?《玳瑁螺鈿八角箱》|ニッポンのお宝、お蔵出し | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

まるでアール・ヌーヴォー!?《玳瑁螺鈿八角箱》|ニッポンのお宝、お蔵出し

千年の時を超えて受け継がれてきた、精緻な工芸品や楽器、衣服などの正倉院宝物。今回で70回目になる「正倉院展」ではモダンな意匠の色鮮やかな箱に注目です。

《玳瑁螺鈿八角箱》の蓋表。
日本美術、特に絵画は傷みやすいため、西洋美術と違って限られた期間にしか公開されません。ルーヴル美術館の《モナ・リザ》のようにいつもそこにあるわけではないので、展示されるチャンスを逃さないようにしたいもの。本連載では、今見るべき日本美術の至宝をご紹介!

今回のお宝:《玳瑁螺鈿八角箱》(たいまいらでんはっかくのはこ)
お宝ポイント:螺鈿(らでん)による植物や鳥の文様が愛らしい箱。アール・ヌーヴォーを遙か昔に先取りしていたかのようだ。
公開期間:10月27日〜11月12日
公開場所:奈良〈奈良国立博物館〉


聖武天皇・光明皇后ゆかりの品を中心に、9,000件もの宝物がある正倉院。ほぼ毎年、その中から50〜60件程度を見せてくれるのだが、一度出陳したものは原則として次の出陳まで10年以上間を開ける、といったルールがあり、毎回見たとしてもすべてを見ることはできない。仮に毎年違うものが出陳されたとしても9,000件がすべて並ぶまで150年かかる計算だ。

『正倉院展』は今年で70回目。第1回目は昭和21年、終戦の翌年に始まった。会場には戦争中に文化、とりわけきらびやかな日本美術に飢えていた人々が多数訪れ、約14万7,500人の来場者を数えたという。
《玳瑁螺鈿八角箱》。植物や鳥の模様だけ取り出してみると洋風にも見える。アール・ヌーヴォーを遙か昔に先取りしていたかのよう。
今年は新羅との交流をテーマに宝物を出陳する。《玳瑁螺鈿八角箱》は螺鈿による鳥が愛らしい箱だ。蓋の表や側面に、蓮華に乗る鴛鴦(おしどり)や、雲の上の飛鳥が配されている。螺鈿には毛彫が施されて、鳥の羽などが表現される。琥碧、玳瑁(たいまい。ウミガメの甲羅からつくった鼈甲)など貴重な素材を惜しげもなく使った、壮麗な献物箱だ。中にはさぞや豪華な捧げ物が入っていたに違いない。
《平螺鈿背八角鏡》(へいらでんはいのはっかくきょう)。さまざまに輝く素材を使って、それ自体が宝石箱のような美しさに。
《平螺鈿背八角鏡》は螺鈿が美しい鏡。ひときわ美しい赤い花弁や花心は彩色した上に琥碧(こはく)を伏せたもの。その間には青、緑、白のトルコ石が散りばめられている。外周には宝相華(ほうそうげ。架空の花をモチーフにした文様)と尾長鳥があしらわれている。この鏡ははるばる唐から船で運ばれたと考えられており、インポートもので飾られた宮廷の暮らしをしのばせる。
《沈香木画箱》(じんこうもくがのはこ)。当時、日本になかった沈香や紫檀を使い、絵画・彫刻とさまざまな技巧を駆使して仕上げられている。
《沈香木画箱》の蓋表。
《沈香木画箱》(じんこうもくがのはこ)。当時、日本になかった沈香や紫檀を使い、絵画・彫刻とさまざまな技巧を駆使して仕上げられている。
《沈香木画箱》の蓋表。
《沈香木画箱》の蓋表と身の側面には3つずつ窓がある。窓の大きさは3〜5cm程度。その小さな四角の中に動物や花などが描かれているのだ。窓の枠にもびっしりと装飾が施されている。その細い枠そのものにも矢羽根文などの文様が描かれているのに、また驚かされる。箱の下部には葡萄唐草に鳥や獅子をあしらった透かし彫りの象牙がはめられている。普通、ここまで装飾が施されることはない。この献物箱の大きさは長辺で30cm程度。小さな箱の隅々まで飾られた優品だ。
《錦紫綾紅臈纈絁間縫裳》(にしきむらさきあやべにろうけちあしぎぬのまぬいのも)。赤や紫、緑、黄色を取り合わせた配色はなかなかのセンス。伎楽(ぎがく)など、楽舞の装束だったという説も。
今回は「正倉院ファッション」にも注目したい。《錦紫綾紅臈纈絁間縫裳》は女性の巻きスカートのような装束。高松塚古墳の壁画で女性が着ていたような衣服だ。胸の位置でとめて着用し、裾は足下まである。
《繡線鞋》(ぬいのせんがい)その1。麻布と紙を貼り合わせたものを芯にした、軽量の履き物。インポートものは珍重されたに違いない。
《繡線鞋》は刺繡飾りが施された靴。絹や麻、紙などで作られているので、室内履きと思われる。中国の新疆ウイグル自治区の遺跡からも似たものが出土していること、また正倉院に4つあるうちの別の靴には日本に自生しない黄麻が使われていることから、中国からの輸入品とみられている。表面に花鳥文錦があしらわれた、これも愛らしい一品だ。この室内履きで、宮廷の中を優雅に歩き回っていた様子が思い浮かばれる。
《続々修正倉院古文書 第四十帙第一巻》(部分)。裏側は食糧米を管理する帳簿の一部として再利用されているので、裏の字が透けて見える。
正倉院にはこれら工芸品のほか、古文書も数多く収蔵されており、日々研究が続けられている。今回の出展物の中でもユニークなのが《続々修正倉院古文書 第四十帙第一巻》〔(紙背)月借銭解〕だ。月借銭とは月ごとに一定の利息がかかる借銭、つまり借金のこと。写経所の職員などが借金をする際にこの「月借銭解」を提出し、完済するまで写経所で保管された。

月借銭解には借りた額や月の利息、必ず返済します、といった意味の文言が書かれ、借りた者と保証人の署名があるのが定型だ。返済されると事務担当者が日付と返済額を赤字で書き入れる。返済が終わると月借銭解は帳簿から剥がされて、別の帳簿として貼り継がれ、裏側が再利用される。

ここで驚きなのが、利息だ。宝亀3年の場合は月利13%という高利だった。当時すでに「480日で100%を超えてはならない」という規則があったのだが、それすらも大幅に上回っている。しかも、以前は職員のほうから生活苦などのため借金を申し込んだのだ、と考えられてきたが、現在では写経所のほうから言われて借金をさせられていた、という解釈が一般的になっている。職員は必要もないのに借りさせられ、高い利息を払わされていたのだ。

こうして得た利息は写経事業などの資金になったらしい。昔のこととは言え、職員が気の毒になってくる。でも、そんなことがわかるのも、正倉院でこの書類が大切に保管されていたからだ。愛らしい箱や鏡に囲まれた優雅な后(きさき)から借金にあえぐ下級役人まで、奈良時代の人々の暮らしぶりを伝えてくれる。

第 70 回正倉院展

〈奈良国立博物館 東新館・西新館〉奈良市登大路町50番地。10月27日〜11月12日。9時~18時(金、土、日、祝日は20時)。1,100円。

青野尚子

あおの なおこ  ライター。アート、建築関係を中心に活動。共著に「新・美術空間散歩」(日東書院本社)。西山芳一写真集「Under Construction」(マガジンハウス)などの編集を担当。