奈良美智さん、熊谷守一についてお話してください。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

奈良美智さん、熊谷守一についてお話してください。

高校の頃から熊谷守一(1880〜1977年)の絵に惹かれていた現代美術家の奈良美智さん。「青木繁の同級生がまだ生きててさ」と友達に話していたそうです。

高校生の頃、ロック喫茶でバイトしてて、美術とかそんなに興味があったわけじゃないんだけど、落描きとかよくしてたら「奈良くん、絵がうまいし好きそうだから、これをあげるね」って先輩の大学生3人がお金出しあって、熊谷守一の画集を買ってくれたんです。誕生日プレゼントとして。
高校生の時にプレゼントされた画集『〈愛蔵普及版〉現代日本美術全集18萬 鉄五郎/熊谷守一』(集英社 1974年)を手に取る奈良美智さん。背景の絵、右側は本の函に使われた《わさび谷》(1958年)の類似作品である《わさび畑》1949年 油彩・板 33.4×24.3cm。
(当時は)絵を勉強したり習ったりしたわけじゃなかったので、ただ線で描くのが好きで。明るい・暗いをつけるんじゃなくて、ただの線画。輪郭だけで描いてました。マンガみたいな絵でいろんなことを。それが守一の絵に似てると思ってプレゼントしてくれたんじゃないかな。

守一の絵は一見、簡単そうに描ける気がするけれども、でも自分は高校生の時に「只者じゃないんだ、この人は」って思った。この《泉》を見た時にも。コロンブスのタマゴ的な発見だった。この本でカップリングされてる萬 鉄五郎(よろず てつごろう)の方はやっぱり画学生、画家の王道なんですよね。新しいことに挑戦する時も王道で挑んで、すぐに吸収して挑戦する。

でも、守一はすごく時間かかったけれども、王道からじゃないのに、真の芸術的な方向に進んでいったというのが、その頃の自分の頭でもなんとなくそれはわかった。本当にすごい人というのはこんな人なんだっていうのがわかったのかな、この時。
奈良「なんで只者じゃないって感じたのかわからないけど、やっぱり理解できないやり方してるものをそう思ったんだね。今ならすごくわかりやすくこの絵は見れるんだけど、たぶんそれは今、自分が現代に生まれて、いろんなデザイン的なものを見てきたからで。高校生の時はね、なんかわかんないけどカッコいいと思った。この明治生まれの人がこういうところまで行くのに本当に100年近くかかるだろうなって。先人っていうのはありがたい」
初期の作品を見ると、取り立ててすごいイメージは僕は持てないというか、当時の画学生はみんなうまかったんですよ。うまい人がいっぱいいて。だから学生の頃はね、そんなに絵では目立たなかったんじゃないかと思います。淡々と描いている印象を僕はすごく持ってて。それがやっぱりちょっと変わっていくのはこの蝋燭を使った作品からなんだけど。
(左から)《蠟燭(ローソク)》1909年 油彩・キャンバス 60.7×45.5cm 岐阜県美術館、《ランプ》1910年頃 油彩・キャンバス 45.5×33.5 cm。《蠟燭(ローソク)》は守一29歳の時の作品。当初は着物の模様も描かれていたようだが、絵具の油脂分が原因で暗色化が進んでしまっている。
暗闇の中から光を灯す。光を暗くしていって暗くしていって描くというんじゃなくて、ポッと光が点いた瞬間。点いてる瞬間を描こうとしてるんじゃないかな。西洋の人だとね、もっともっとはっきり光が当たっているところを描いちゃうんだけど、この描き方を見て、西洋との違いをすごく感じて。それはやっぱり「陰」というものが持ってる魅力というか、日本の風土とか気候とか。

谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』とかを例に出すといいのかなと思うんだけど、日本家屋とかそういう世界で育った人にとっての蝋燭の灯りというのは、西洋とはまったく異質なものじゃないかなと。それが出ている。これこそ作家、熊谷守一だと。