志賀理江子が写す“不可視なもの”とは。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS facebook-a facebook instagram line twitter youtube

志賀理江子が写す“不可視なもの”とは。

2008年に木村伊兵衛賞を受賞した志賀理江子が国内の美術館では初となる個展を開催します。

生や死。歓びや哀しみ。そんな個人的な経験を写真に写すことは可能か? 志賀理江子は、そんな問いに向かう人だ。美術館での個展を控えた志賀に聞いた。

Q 《ブラインドデート》というシリーズを展示するそうですね。
2009年にタイに短期滞在して始まったシリーズです。首都バンコクではバイクタクシーがたくさん走っていて、私も後部座席に乗せてもらって、移動手段として活用していました。すると、信号待ちで別のバイクの人と目が合ったりするんです。知らない人との見つめ合いになぜか懐かしさを覚えたのですが、それは子供の頃に遺影と向き合う感覚にとても近いものでした。会ったことのない曾祖父母と遺影を通して目が合ったことが、私の最初の写真体験です。その奇妙な一致に惹かれて、他人との一期一会の眼差しを集めようと思いました。

Q 被写体の多くがカップルです。
街中で男女を見つけては撮影させてもらい、数分間並走して、また別れていく。そうやって約100組を写真に収めました。気の合ったカップルとは、日を改めて再会して、家族や仕事のこと、死生観や宗教観について聞いたりもしました。そういったプロセスが、死や不可視のものについて考える私のテーマと結びついています。

Q その過程で、全盲のカップルとも出会ったとか。
「盲目になったら写真は意味を失うのでは?」という疑問がありました。現代は、目が見えることを前提に社会環境が組み立てられていて、写真も消費活動も「視覚の欲望」に縛られています。そんな社会と断絶しているかもしれない、全盲の人と話してみたかった。特に女性の話は衝撃的でした。輪廻転生を信じるタイでは、盲目で生まれた人は前世で悪い行いをしたとする習慣があるそうです。それが耐え難く、彼女は大学で世界中の宗教や文化を学んだ。そして「(社会は)私に当てはまらない」という結論に行き着いたんです。

Q つまり、視覚の世界は彼女と無縁だということですね。
彼女の言葉に肯定的な自由さを感じました。集団性が優先される視覚の世界に対して違和感を表明する彼女に、救われた気がしたんです。私が扱う、死や死者を弔うことは、個人や不可視の世界に属している。今展には、そんな想いが強く反映されると思います。

志賀理江子

しがりえこ 1980年生まれ。作家自身と、自身が居住する社会との交差から生じるイメージを探求する。写真集『Lilly』『CANARY』で第33回木村伊兵衛写真賞受賞。

『志賀理江子 ブラインドデート』展

〜9月13日。新作も発表する。

〈丸亀市猪熊弦一郎現代美術館〉

香川県丸亀市浜町80-1
TEL 0877 24 7755。10時〜18時(入館は17時30分まで)。会期中無休。観覧料950円。