篠山紀信の60年を凝縮した『新・晴れた日』|青野尚子の今週末見るべきアート | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

篠山紀信の60年を凝縮した『新・晴れた日』|青野尚子の今週末見るべきアート

ヌードやアイドルなど人物を「激写」するイメージが強いけれど、都市や建築と絡む写真も多い篠山紀信。彼の60年にわたる活躍を振り返る個展が〈東京都写真美術館〉で開かれています。展覧会タイトルの“新・晴れた日”に込められた思いとは? 会場で本人を直撃しました。

受付に本人が!? 残念ながらいつもは篠山さんは座っていません。右のグラフィックは細谷巌によるもの。「喜びと悲しみに涙あふるる」といった意味の英文がつけられている。
1960年代、日本大学芸術学部写真学科在学中からカメラマンとして働き始めた篠山紀信。東京都写真美術館で開催中の個展『新・晴れた日 篠山紀信』は写真集『晴れた日』からとったものだ。この写真集は1974年の半年間に雑誌「アサヒグラフ」に連載した写真に加えて、同年に起きたできごとに取材した写真で構成されたもの。この雑誌は当時、朝日新聞社から週刊ニュース誌として発行されていた。

「朝日新聞社にはニュースカメラマンがたくさんいて、新聞社だから政治家や警察とのつながりもある。僕にはそんなコネもないから、彼らとは違う視点でニュースを撮りたいと思ったんだ」と篠山は言う。
「晴れた日」シリーズ展示風景。
「晴れた日」シリーズより《中川一郎、石原慎太郎 静岡市駿府会館》(上)、《渡辺美智雄、浜田幸一 静岡市駿府会館》(下)(ともに1974年)。石原慎太郎が結成した保守派の若手政治家の会「青嵐会」の演説会。
篠山は毎週、まったく異なるテーマで撮影しようと決める。その通り、会場に並んだものだけでも政治家、デモ、沖縄、セレブ、災害、風景など被写体はバラバラだ。日本全国はもちろん、オノ・ヨーコを撮りにニューヨークまで飛んだこともある(このときの写真は後にジョンとヨーコのアルバム「ダブル・ファンタジー」のジャケット写真を撮るきっかけになった)。ジャンルは違うがバッハは毎週1曲、教会のためにカンタータを作曲していたことがあった。彼はあるフレーズをアレンジして別の曲に、といった時短テクを使っている。が、写真ではそうもいかない。「半年間、毎週毎週違うテーマって大変だよ。命削って撮ってたんだ」と篠山が言うとおりだ。
「晴れた日」シリーズより《堀江謙一 潮岬沖240キロを航行中の「マーメイドIII」》(1974年)。堀江は前年の8月に日本を出発、275日かけて世界を一周し、74年5月に帰還した。
その写真には一つひとつ思い出がある、と篠山は言う。青い海の上にぽつんと白い帆影が浮かぶヨットの写真は日本で初の単独無寄港世界一周に成功した堀江謙一が日本に戻ってくるときの姿を捉えたものだ。堀江は後に『太平洋ひとりぼっち』という著書を出している。

「堀江さんが孤独に一人、帰ってくる寸前を撮りたい。それでセスナを飛ばしてもらった。そうしたら海の上に点が見えたんだ。無線で堀江さんに『表に出て手を振ってください』とお願いした。ヨットの周りを2回ぐらい回って、もう燃料がないからあわてて戻った。ヨットは沖合240キロのところにいて、往復で500キロ近くになるからね。晴れた日のほんの一瞬だよ。もしこれが雨風吹いてたら見つけられなかったと思う。幸運だし、スリリングだよね」
「晴れた日」シリーズより《長嶋茂雄 対大洋17回戦 東京・後楽園球場》(1974年)。巨人はその前年まで9年連続で優勝、長嶋も圧倒的な人気を誇っていた。
プロ野球の長嶋茂雄の写真も貴重なものだ。長嶋は元気のいい、明るいキャラクターで知られるが、この写真ではうなだれた姿でフィルムに収まっている。これは彼が引退し、巨人軍も10連覇を逃した年に撮られたもの。長嶋自身エラーを連発、なかなかヒットも出ないという苦難のシーズンだった。

「これを長嶋さんに見せたら『よく撮ってくれました、ほんとうに今の僕はこういう気持ちなんですよ』と言われたんです。そしてプリントを下さい、というので1枚差し上げた。僕は長嶋家に行ったことはないんだけれど、人づてに額に入れて壁に飾ってある、と聞きました。こういうところが長嶋さんって素敵じゃないですか。こういうのを撮ってくれたのはうれしい、って。彼は写真がわかっている」
「晴れた日」シリーズより《北海道苫小牧市勇払》(1974年)。「晴れた日」はもともと1974年、〈東京国立近代美術館〉での『15人の写真家』展にあたり、評論家の多木浩二がこの作品につけたタイトルだった。
「北海道苫小牧市勇払原野」では家や酪農のための施設の写真が並ぶ。が、窓は破れ、人影は見えない。この勇払原野ではそれまで主に酪農のため開拓されたが、重工業を誘致する再開発計画が決まり、酪農家の土地は買収された。

「人間の匂いがまだ残っている。そういうところがいいんです。人間の欲望には敏感に鼻が動くわけですよ。それで行ってみたらすごくいい天気で風もすうっと吹いているし、鳥の声も聞こえる。のどかで平和で美しい。いいなあ、と思って撮ったんですけど、やっぱり捨てられた家ですからなんとなく寂しさがある。でも寂しいからといってお涙頂戴みたいな写真は撮りたくない。人間のいろんな営為で変遷をたどっていくのが人生だな、と」

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