西洋美術に描かれた背徳シーンを読み解く。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

西洋美術に描かれた背徳シーンを読み解く。

美術史家の池上英洋と当サイトの連載『今週末見るべきアート』の筆者・青野尚子が共著を出版した。その名も『背徳の西洋美術史』――挑発的なタイトルで読者を惹きつける内容とは?

『背徳の西洋美術史 名画に描かれた背徳と官能の秘密』池上英洋・青野尚子共著。エムディエヌコーポレーション刊。1,800円。
見てはならぬ、犯してはならぬ、愛してはならぬ……ならぬと言われれば言われるほど、人は危険やタブーに惹きつけられる。そんな人間の本性は今も昔も変わらないようだ。西洋美術の名画には不倫、凌辱、略奪愛、サディズム、同性愛、獣姦、近親相姦など反道徳的なテーマを描いたものが少なくない。現代に比べてずっと保守的かつ厳格なモラルに支配されていたはずの中世〜近世において、あからさまに裸体が描かれ、インモラルな行為が表現されているのは、パラドックス的というべきか、禁欲の反動というべきか。そうした絵画のジャンルを「背徳美術」と名付け、一つ一つの作品背景を詳細に解説するのがこの本の狙いだ。

西洋美術の絵画や彫刻を見るたびに、どうしてこんなに裸ばかりなんだろうと疑問に感じる人は少なくないだろう。人間の裸を表現することはタブーだったが、その代わり神の姿を裸体で描くことは許された。裸を見たい欲望を、神話や英雄伝説を口実にして果たしたのだ。だからこそ、西洋美術を理解するには『ギリシャ神話』や『旧約・新約聖書』、聖人伝の『黄金伝説』、『オデュッセイア』、『変身物語』などの知識が不可欠になってくる。しかしこれらの古典を読破する時間も気力もない、そんな人にうってつけなのが、この本だ。名画や彫刻の中で人々が犯され、いたぶられ、斬り殺され、姦淫され、愛撫されているのは何故なのか、懇切丁寧に教えてくれる。
フォンテーヌブロー派《ガブリエル・デストレとその姉妹》1594年頃、ルーヴル美術館蔵。アンリ4世の愛人ガブリエル(右)の懐妊をほのめかす数々の兆が描かれている。為政者が妻の他に愛人を持つことなど当たり前の時代だった。
左ページのレンブラント作など、見開き3点の絵画はすべてバテシバの姿を描く。旧約聖書の中で、イスラエルの王ダヴィデが自身に忠実な部下の妻バテシバを寝取り、部下を激戦地に送り込んで死なせるという裏切りのストーリーだ。
ウィリアム・アドルフ・ブグロー《プシュケーをさらうアモール》1895年、個人蔵。美しい人間の娘プシュケーに恋したアモール(=クピド、ヴィーナスの使いであるキューピッド)。神と人間の恋愛を禁じる掟を破った末に結ばれたふたり。
ジャン・ブロック《ヒュアキントスの死》1801年、サン=クロワ美術館蔵。美少年の同性愛も頻出の画題だ。アポロンがヒュアキントス(死後ヒヤシンスに転生)と円盤投げをして遊び、円盤が誤ってヒュアキントスの額に当たってダウン、大丈夫〜?と介抱する図。足元には円盤とヒヤシンスの花が。
アルトドルファー(右上)ほか数々の画家が繰り返し描いた《ロトとその娘たち》。男色がはびこる町を怒った神が滅ぼし、唯一生き残った父とふたりの娘。子孫が絶えることを恐れた娘たち自ら、父親とセックスするというおぞましい旧約聖書・創世記の物語。
背中に羽の生えた幼児というよりは、すでに体つきが成熟していたり、同性愛的な視点を匂わすエロティックな姿で描かれるクピド(=キューピッド)の数々。日本で流布しているイメージとはかなり違う。
シチリア・カターニャの守護女神、聖アガタが純潔を守って拷問にあい、乳房を切り落とされた伝説。盆の上に自らの乳房をのせて持つパターン(右ページ)はよく描かれた。
「わかっちゃいるけどやめられない」人間の本性を、「ちょっとだけよ」と官能的かつ芸術に昇華させながらあばく背徳名画の数々。本書ではカラー図版を豊富に掲載し、複数の画家が描く同じ画題の絵画を並べるなど、テーマを横軸として美術史を俯瞰し、理解を深める助けにもなる。

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