浮世絵に見る、江戸の“土木”の構造美|青野尚子の今週末見るべきアート | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

浮世絵に見る、江戸の“土木”の構造美|青野尚子の今週末見るべきアート

私たちの生活を支える大切なインフラ、土木。毎日のように使っている水道や道路は土木工事のおかげだ。その土木のルーツはどうなっていたんだろう? 〈太田記念美術館〉で開かれている『江戸の土木』展が昔の様子を教えてくれます。

御茶ノ水の渓谷を描いた昇亭北寿《東都 御茶ノ水風景》。黄色の橋のような構造物は江戸市中に飲料水を運ぶ水道管。ローマの水道橋と似たような用途だ。
葛飾北斎《冨嶽三十六景 江戸日本橋》。人工的に造られた日本橋川の水運の様子。手前に欄干だけ見える橋には人がびっしりと行き来している。
今でいうと雑誌のグラビアのような役割を果たしていた浮世絵。当時の人気歌舞伎役者や流行のファッションなどがわかる貴重な資料だ。その中には橋や堤などが描かれたものも少なくない。中でも江戸では徳川家康によって幕府が開かれて以来、埋め立てなどの天下普請(公共土木工事)による街作りが行われてきた。当時のことなので鉄ではなく木、コンクリートではなく石を使うことが多いが、絵師たちもその構造美に惹かれたのか、葛飾北斎や歌川広重らが”土木絵”とでも呼びたくなる絵を残している。しかもけっこう丁寧に描かれていて、構造なども推測できるのが面白い。
歌川広重《東都名所 佃嶋初郭公》。江戸初期の埋め立てで造られた佃島が描かれる。
江戸の町は隅田川などのほか、水路が縦横に走り、水運も盛んだった水の都だ。そのため、日本橋をはじめ多くの橋が造られている。歌川広重による《東都名所 両国橋夕涼全図》は縦長の浮世絵を横に3枚つなげてパノラマ状にする「三枚続」の絵。全長171メートルの両国橋は人でいっぱいだ。観光客でぎっしりのプラハ・カレル橋なども思い出す。川には屋形船が、手前の岸には仮設の店や芝居小屋が立ち並び、人々がそれぞれに涼をとっている。
歌川広重《東都名所 両国橋夕涼全図》。橋脚の間にX字型のブレースを入れて強化している。
風景画や花鳥画、妖怪まで何でも描いた葛飾北斎だが、”ベスト・ブリッジズ・イン・ジャパン”とでも言うべき橋のシリーズ「諸国名橋奇覧」を出しているところを見るとかなりの橋好きだったようだ。このシリーズのうち《かめゐど天神たいこばし》はついうっかり足をすべらそうものなら大惨事になりそうな急勾配の太鼓橋。北斎の描く富士山のように縦方向に引き延ばされているのでは、と思えるが、明治時代の絵はがきにほぼこのままの写真がある(紅林章央「北斎は、橋マニアだった!」『東京人』2020年7月号より)。画面左にはもっと勾配の緩い太鼓橋があり、この太鼓橋は眺めを楽しむためのものだったのかもしれない。

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