巨大な”CDの壁”が出現!信藤三雄レトロスペクティブ | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

巨大な”CDの壁”が出現!信藤三雄レトロスペクティブ

『カーサ ブルータス』2018年8月号より

デザイナー歴34年で手がけたジャケットは1,000枚以上。回顧展の内容、名盤ジャケの誕生秘話まで聞きました。

デザイナー・信藤三雄の回顧展『ビーマイベイビー 信藤三雄レトロスペクティブ』が開催される。松任谷由実やピチカート・ファイヴなどの名作のジャケットを1,000作以上手がけている。一体どうやって膨大な作品の数々を展示するのか。回顧展のキッカケと、展示の内容を聞いた。
小西くんの美意識が炸裂。pizzicato five『さ・え・ら ジャポン』(2001年)「小西康陽くんとは密接に、ある種のコンセプトアートを作っていきました。『Sweet Pizzicato Five』(1992年)など、ドットを使った作品が多いですね」
国民的なスターになった名曲。MISIA「Everything」(2000年)「MISIAはデビュー作から今まで、ずっとジャケットを担当しています。とにかく彼女の歌はスケールが大きい。これはL.A.で撮影した、少しSF感のあるもの」
ライヴでもこの衣装を使いました!松任谷由実『天国のドア』(1990年「古いバレリーナの写真がネタ元。スタイリストの伊藤佐智子さんが"ドレスは石膏で作ろう"と言いだして。ユーミンに石膏のドレスをハメました(笑)」
<strong>小西くんの美意識が炸裂。pizzicato five『さ・え・ら ジャポン』(2001年)</strong>「小西康陽くんとは密接に、ある種のコンセプトアートを作っていきました。『Sweet Pizzicato Five』(1992年)など、ドットを使った作品が多いですね」
<strong>国民的なスターになった名曲。MISIA「Everything」(2000年)</strong>「MISIAはデビュー作から今まで、ずっとジャケットを担当しています。とにかく彼女の歌はスケールが大きい。これはL.A.で撮影した、少しSF感のあるもの」
<strong>ライヴでもこの衣装を使いました!松任谷由実『天国のドア』(1990年</strong>「古いバレリーナの写真がネタ元。スタイリストの伊藤佐智子さんが
信藤  植草甚一さんの回顧展『マイ・フェイヴァリット・シングス』(2007年)のポスターを作ったら、世田谷文学館の方が気に入ってくださって。少し時間は経ったけど、それがご縁だったのか『ビーマイベイビー』につながったんですよ。タイトル由来は、聴かないでください(笑)。特に理由なんてないんです。僕はデザインでもなんでも、論理的に組み立てることってなくて、ひらめいたものを即座に決めるんです。展示内容は、CDだけでも1,000枚近くあるから、さすがに悩みました。ジャケットの表裏を含め、1枚ずつ展示するのは不可能だから、レンガを積み上げるように、CDジャケットの“壁”を作ることにしました。

ひらめきを作品にしていく。そう飄々と話す信藤さんだが、制作の裏には苦労もあったはず。

信藤 Mr.Childrenの作品を進めている最中、桜井(和寿)くんが「ウォーホルの電気椅子が好きだ」と言うから、気になっていて。その後『深海』というタイトルになったと聞いたんで、最初は椅子を海に沈めようかと思ったんだけど、潮の流れや透明度の問題もあって難しい。だから、黒く大きなテントを張り、天井部に小さな穴を開けて光が射すようにしようと思ったんだけど、それも叶わず。スタジオにセットを組んだんです。それからMISIAの『Love Is The Message』(2000年)は、21世紀の目前だったからノアの箱船が雲海の中を進むイメージで。マウイ島の頂上までボートを持っていきました。空気が薄く、みんな頭が痛くなって大変でしたが(笑)。雲海もバッチリ出て、最高の写真になりました。
写真と作品内容がリンクした。Mr.Children『深海』(1996年)「本当は外に黒く大きなテントを張りたかったんだけど、天候のことを考慮して、スタジオ内にセットを組みました。椅子を7、8脚用意して試しました」
自分のデザインを確立した作品。松任谷由実『ALARM à la mode』(1986年)「"ユーミン、逃走"というテーマを思いついて。(ピエト)モンドリアンのようなラインと、ユーミンを合体させたら鉄格子の中にいるように見えたんです」
破天荒なノリを、さらに強調。サザンオールスターズ『海のYeah!!』(1998年)「ベスト盤ですね。タイトルは決まっていて、僕がどういう絵をつけるかっていう。半魚人はアマゾンからではなく、宇宙からやってきたらという設定です」
<strong>写真と作品内容がリンクした。Mr.Children『深海』(1996年)</strong>「本当は外に黒く大きなテントを張りたかったんだけど、天候のことを考慮して、スタジオ内にセットを組みました。椅子を7、8脚用意して試しました」
<strong>自分のデザインを確立した作品。松任谷由実『ALARM à la mode』(1986年)</strong>「
<strong>破天荒なノリを、さらに強調。サザンオールスターズ『海のYeah!!』(1998年)</strong>「ベスト盤ですね。タイトルは決まっていて、僕がどういう絵をつけるかっていう。半魚人はアマゾンからではなく、宇宙からやってきたらという設定です」
音楽ビジネスが盛栄を極めた90年代と現在では、ジャケットを制作する上で気持ちに変化はある?
信藤 今はネット配信で音楽を聴く時代で、ジャケットも小さくなっているから、一目でその音楽家のキャラクターがわかるポートレートを表現することに移行しています。それでも、僕個人はいまもレコードを買っていますけどね。

『ビーマイベイビー 信藤三雄レトロスペクティブ』 

7月14日〜9月17日 。〈世田谷文学館〉東京都世田谷区南烏山1-10-10TEL 03 5374 9111。10時〜18時。月曜休。ただし 7月16日(祝)は開館、翌17日休館。入場料800円。

信藤三雄

しんどうみつお 1948年生まれ。メンバーであるスクーターズの新曲「ビーマイベイビー」もレコーディング済み。現在は沖縄にも拠点を持ち、東京と行き来する毎日。