三谷龍二が監修する「工芸批評」の企画展がスタート。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

三谷龍二が監修する「工芸批評」の企画展がスタート。

工芸店店主、編集者、哲学者など、さまざまな立場の5人がそれぞれの眼差しで工芸を批評する展示が、〈松屋銀座〉の〈デザインギャラリー1953〉ではじまった。

《シンプルグラス》でく工房 鞍田崇選。普段使いの器選びでいちばん信頼しているお店のひとつ、京都の「ロク」で出会いました。ガラスはイッタラのカルティオしか扱っていなかった同店に、手吹きのニューカマーとして登場したことで興味がわいて手に取ることに。地元伊勢のエスサイダー(近ごろでは鳥羽サイダーや真珠塩サイダーも)の空き瓶を粉砕し原料としています。いちばんの魅力はほどよい存在感を与えてくれる、その重さ。軽すぎず重すぎず。ガラスにぬくもりを感じたのはこれがはじめてのことでした(鞍田崇)。書籍『工芸批評』(新潮社青花の会)より。
《白灰化粧ポット》村上躍 広瀬一郎選。繊細な指跡を残す手びねりによる柔らかなライン。エッジの効いた鋭いフォルム。やさしさとつよさ。流れゆくものと固く引き締まるもの。律動と静謐。相反するふたつのベクトルがあやうく、美しく均衡するところに村上さんは自身の陶芸フィールドを作ってきました。緻密、精確に作り込まれたポットは、しかし使い手に過度の緊張を強いることはありません。ルーズすぎず、タイトすぎず、作品のテンションは日常使いにちょうど良いところに照準されています(広瀬一郎)。書籍『工芸批評』(新潮社青花の会)より。
《シンプルグラス》でく工房 鞍田崇選。普段使いの器選びでいちばん信頼しているお店のひとつ、京都の「ロク」で出会いました。ガラスはイッタラのカルティオしか扱っていなかった同店に、手吹きのニューカマーとして登場したことで興味がわいて手に取ることに。地元伊勢のエスサイダー(近ごろでは鳥羽サイダーや真珠塩サイダーも)の空き瓶を粉砕し原料としています。いちばんの魅力はほどよい存在感を与えてくれる、その重さ。軽すぎず重すぎず。ガラスにぬくもりを感じたのはこれがはじめてのことでした(鞍田崇)。書籍『工芸批評』(新潮社青花の会)より。
《白灰化粧ポット》村上躍 広瀬一郎選。繊細な指跡を残す手びねりによる柔らかなライン。エッジの効いた鋭いフォルム。やさしさとつよさ。流れゆくものと固く引き締まるもの。律動と静謐。相反するふたつのベクトルがあやうく、美しく均衡するところに村上さんは自身の陶芸フィールドを作ってきました。緻密、精確に作り込まれたポットは、しかし使い手に過度の緊張を強いることはありません。ルーズすぎず、タイトすぎず、作品のテンションは日常使いにちょうど良いところに照準されています(広瀬一郎)。書籍『工芸批評』(新潮社青花の会)より。
「箱書き」や「賛」のように、日本では制作者と使用者の二人三脚によって工芸を支えてきた歴史があります。また、器を購入し、食卓で使うことも生活者の直感による「批評」といえます。こうした非言語の批評は日常的に行われてきた一方で、言語による「批評」は極めて貧しいものでした。しかし、2010年を超えた頃から、工芸を言葉で語る新たな人々の登場がありました。そして彼らによって、近代工芸の再検証が進められているように思います。本展はその中心をなす5人の論客の選んだ「もの」と「言葉」によって、明日の工芸を考える試みです。

上記は『工芸批評』のメンバーであり、木工作家の三谷龍二のメッセージだ。

本展では、雑誌『工芸青花』の編集長である菅野康晴や、『Subsequence』編集⻑の井出幸亮、福岡のギャラリー・ショップ〈工藝風向〉代表の高木崇雄、六本木の器店〈桃居〉店主の広瀬一郎、哲学者の鞍田崇ら5人が、それぞれ異なる立場から評価する工芸作品を展示する。

また、展覧会の開催にあたり制作した書籍『工芸批評』(新潮社青花の会)も会場で販売される。

第759回デザインギャラリー1953企画展「工芸批評」

〈デザインギャラリー1953〉東京都中央区銀座 3-6-1 松屋7階。10月9日〜11月6日。 開催時間等については〈松屋銀座〉の営業日・営業時間に準じる。 最終日は17時まで。