マルジェラの肉声と手元を初めて捉えた記録映画。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

マルジェラの肉声と手元を初めて捉えた記録映画。

『カーサ ブルータス』2021年10月号より

顔出しはおろか取材も一切拒み続けたマルタン・マルジェラにどう迫ったのか? 監督にインタビューしました。

■1960-70s 7歳でファッションデザイナーを志す。

幼少期に手作りしたバービー人形の洋服。
アントワープ王立芸術学院時代の課題では、ティータオルで洋服を作った。
真っ白なタグ、場末でのショー、布やウィッグでマヌカンの顔を覆う演出、古着リメイクにオーバーサイズ……既存のファッションやシステムを挑発し続け2008年に引退したマルタン・マルジェラ。これまで何度も彼に関するドキュメンタリーが編まれてきたが、すべて関係者の証言や過去のショー映像で構成されたものにすぎなかった。しかしライナー・ホルツェマー監督が初めてインタビューに成功。自宅のスタジオにも初めてカメラを入れ、本人の肉声と手元の映像も含めた記録映画を2019年に完成させた。そして日本では今秋公開される。

■1980s 1988年初めてのショーを開催。

モデルの顔をヴェールで覆う演出は、服自体を際立たせるためだったことを述懐するマルジェラ。
Q どのようにマルジェラを説得したのですか?

2017年にアントワープの〈モード博物館〉で『マルジェラ:エルメス時代』という展覧会を見て感銘を受け、次の取材対象を見つけた! と思いました。その後、2018年3月からパリの〈ガリエラ美術館〉でマルジェラの回顧展が行われることを知り、取材を申し込んだのですが、最初はなしのつぶてでした。しかし半年後にようやく本人から返信があり、展覧会の準備を撮影することを許可されました。マルタン自身は当初、展覧会の記録になればいい、とだけ考えていたようですが、私は少しずつ彼との距離を詰めて説得し、彼の自宅にあるスタジオで子ども時代の話や、彼に大きな影響を与えた祖母のこと、キャリアについて少しずつ話を聞きました。最終的には彼にワイヤレスマイクをつけて音声を録音することを許されました。最初は不安そうでしたが、そのうちマイクの存在を忘れてしまったようです。2019年2月まで、14か月にわたった撮影は計200時間に及びました。

■1990s 革新的コレクションを次々と発表。

トルソーを服に置き換えた97SS〈ストックマンコレクション〉。
Q 取材中、マルジェラのどんなところに惹かれましたか?

時折ゆっくりと話す非常に深みのある声、そして手がとても好きでした。展覧会でマネキンの服を準備している彼を撮影したのですが、この手には迷いがない、とすぐに分かったのです。
 
Q 編集作業では彼の匿名性を守ることと、あなたの作品として成立させることの葛藤があったと思いますが、カットせざるを得なかったシーンもあったのですか?

アーカイブフッテージや写真に写っている彼の顔などはすべてラフの段階でカットされました。彼は絶対に顔を出さないということにこだわっていました。

■2000s- 新しいボキャブラリーを求めてさらに進化。

過去のスタイルから一度離れ、「デザインとして作り込んだ」と本人が語る07SS。
マルジェラのスタジオ。白い箱に思い出の品や資料が整頓されている。
Q 映画の公開から約2年が過ぎましたが、マルジェラとの交流は続いていますか?

Eメールでやりとりしています。彼は社交にいそしむより、1人でいるのが好きなタイプなのです。
 
Q あなた自身はマルジェラの服を着ることはありますか?

残念ながらありません。私の友人がマルタンがデザインしたスーツを着ていて、その男性的な形がとても気に入り、嫉妬するほどでした。私はマルタンがデザイナーだった時代の服を買う機会を逃してしまったというわけです。なんて残念なことだろう!

ライナー・ホルツェマー

映画監督。1958年ドイツ・ゲミュンゲン出身。日本での公開作品に『マグナム・フォト 世界を変える写真家たち』(1999年)、『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』(2016年)。(c) Fritz Beck
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