CULTURE
【本と名言365】杉野英実|「おいしさの追求に終わりはない」
March 29, 2024 | Culture, Food | casabrutus.com | photo_Yuki Sonoyama text_Yoko Fujimori illustration_Yoshifumi Takeda design_Norihiko Shimada(paper)
これまでになかった手法で新しい価値観を提示してきた各界の偉人たちの名言を日替わりで紹介。素材の魅力を“素材以上”に表現した、限りなく繊細で美しい菓子で日本のフランス菓子界を牽引する杉野英実シェフ。菓子づくりを通してシェフが語る、職人として、つくり手としての在り方とは。
おいしさの追求に終わりはない
日本におけるトップパティシエの一人、杉野英実シェフ。本書のサブタイトル「軽くても、深く」は、杉野シェフのお菓子を象徴する言葉だ。重たさを感じさせず軽やかでありながら、季節を映した素材の香りや味わいがきっちりと存在感を放つ。チョコレートムースの新境地を開いた「アラビック」、パッションフルーツムースの酸味が鮮やかに開花する「アグレアーブル」、バタークリームを別次元の軽やかさに昇華させた「フランボワジェ」。
そしてもちろん洋菓子の世界大会で日本人初のグランプリに輝いた代表作、漆黒に輝くチョコレートケーキ「アンブロワジー」といったスペシャリテの数々。どのケーキもシェフの代名詞であるムースとジュレのテクニックで、一口食べればすーっとウタカタのように消え去り、酸味や苦味、香りが芳醇な余韻を残す。それは単に「おいしい」を超えた、何かそれ以上の感情をかき立てるものだ。
飽くなき探求心と職人気質な仕事ぶりで知られる杉野シェフ。2022年に惜しまれつつ閉店した京橋の店〈イデミスギノ〉時代も、華やかな仕上げの飾り付けは若手の弟子に任せ、自身は生地やムースの仕込みを黙々と行う。名声を得たシェフがプロデュースや監修を手がけることが多い中、自分の目の届くところで自分のお菓子を届けたいという思いから、支店や百貨店への出店すらせず、ひたすら1店舗で厨房に立ち続けた。そして名作と言われるスペシャリテも満足することはなく、常に改良を重ね続けた。
本書のコラムの中で、杉野シェフは「お菓子の基本は、あたり前のことをいつもあたり前にやっていくこと」と語る。この“あたり前”とは、フルーツは固い部分や傷んだ部分を丁寧に取り除き、ピュレの材料は均一に溶けるようきっちり1cm角にカットし、焼き時間は秒単位で、スポンジにかける酒やシロップは1グラム単位で計測する…といった「手間」を、日々の膨大な工程の中で手を抜かず遂行できるかということ。この“当たり前”が一番難しく、そしてこのルーティンの積み重ねなくしては新しい発想は生まれないのだ。
杉野シェフ曰く「自分の経験値が新たなものづくりに生かされ、それが進化をもたらす」のであり、「長年の技術の蓄積こそが、新しいものを生む原動力になる」。当たり前を積み重ね、決して満足しないことで進化するのだ、と。
こうした職人の鑑たる杉野シェフの言葉は、一見するとゴールが見えず、令和の若者世代にとっては途方もなく響くのだろうか。いやむしろ、豊かな経験値が創造性の原動力となるのであれば、パティシエ50周年を迎えてなお進化する杉野シェフの姿は、希望に満ちていると思うのだ。
日本におけるトップパティシエの一人、杉野英実シェフ。本書のサブタイトル「軽くても、深く」は、杉野シェフのお菓子を象徴する言葉だ。重たさを感じさせず軽やかでありながら、季節を映した素材の香りや味わいがきっちりと存在感を放つ。チョコレートムースの新境地を開いた「アラビック」、パッションフルーツムースの酸味が鮮やかに開花する「アグレアーブル」、バタークリームを別次元の軽やかさに昇華させた「フランボワジェ」。
そしてもちろん洋菓子の世界大会で日本人初のグランプリに輝いた代表作、漆黒に輝くチョコレートケーキ「アンブロワジー」といったスペシャリテの数々。どのケーキもシェフの代名詞であるムースとジュレのテクニックで、一口食べればすーっとウタカタのように消え去り、酸味や苦味、香りが芳醇な余韻を残す。それは単に「おいしい」を超えた、何かそれ以上の感情をかき立てるものだ。
飽くなき探求心と職人気質な仕事ぶりで知られる杉野シェフ。2022年に惜しまれつつ閉店した京橋の店〈イデミスギノ〉時代も、華やかな仕上げの飾り付けは若手の弟子に任せ、自身は生地やムースの仕込みを黙々と行う。名声を得たシェフがプロデュースや監修を手がけることが多い中、自分の目の届くところで自分のお菓子を届けたいという思いから、支店や百貨店への出店すらせず、ひたすら1店舗で厨房に立ち続けた。そして名作と言われるスペシャリテも満足することはなく、常に改良を重ね続けた。
本書のコラムの中で、杉野シェフは「お菓子の基本は、あたり前のことをいつもあたり前にやっていくこと」と語る。この“あたり前”とは、フルーツは固い部分や傷んだ部分を丁寧に取り除き、ピュレの材料は均一に溶けるようきっちり1cm角にカットし、焼き時間は秒単位で、スポンジにかける酒やシロップは1グラム単位で計測する…といった「手間」を、日々の膨大な工程の中で手を抜かず遂行できるかということ。この“当たり前”が一番難しく、そしてこのルーティンの積み重ねなくしては新しい発想は生まれないのだ。
杉野シェフ曰く「自分の経験値が新たなものづくりに生かされ、それが進化をもたらす」のであり、「長年の技術の蓄積こそが、新しいものを生む原動力になる」。当たり前を積み重ね、決して満足しないことで進化するのだ、と。
こうした職人の鑑たる杉野シェフの言葉は、一見するとゴールが見えず、令和の若者世代にとっては途方もなく響くのだろうか。いやむしろ、豊かな経験値が創造性の原動力となるのであれば、パティシエ50周年を迎えてなお進化する杉野シェフの姿は、希望に満ちていると思うのだ。
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