ART
見たことのない草間彌生を見に、松本へ。|青野尚子の今週末見るべきアート
March 9, 2018 | Art | casabrutus.com | 写真提供:草間彌生展実行委員会 text_Naoko Aono editor_Keiko Kusano
草間彌生の故郷、長野県松本市で開かれている大規模な個展では体感型の作品が多数並びます。草間が何を見てきたのか、何を見たいと思っているのかが迫ってきます。
半世紀以上にわたる画業を振り返る個展が〈松本市美術館〉で3月3日から始まった。昨年、〈国立新美術館〉で開いた個展『わが永遠の魂』に出品されていない作品や、その後に制作された作品も多数並び、改めてそのパワーに驚かされる。
特に内部に入って体験できるインスタレーションは必見だ。《I’m Here, but Nothing》は中に入ると一瞬、どこが壁でどこが床なのかわからなくなる不思議な空間。よく見るとテーブルや椅子、鏡台などがあるのだが、それも輪郭がよくわからない。花瓶に挿した花や化粧品、スケッチブック、草間を紹介した雑誌や新聞記事などもあるから草間の部屋をイメージしたのだろう。その部屋の中、ありとあらゆるものに水玉のシールが貼られていてブラックライトで妖しく光る。目が慣れるまでは上下左右、奥行きの感覚も失われて心許ない気持ちになる。
草間が幼少期から、目の前の景色がすべて水玉や網目に覆われてしまう幻覚に悩まされていたのはよく知られている。彼女の作品の多くは、それを絵や立体に置き換えたものだ。《I’m Here, but Nothing》では日常生活の中に現れる幻覚をリアルに体感できる。私たちはそれがアートだと知っているから純粋に楽しむことができるけれど、子供のときにいきなり視界がこんなふうに変化したら、それは恐怖以外の何ものでもないだろう。
《傷みのシャンデリア》はミラールームの中でシャンデリアがゆっくりと回転する作品。心地よい眠りに落ちていきそうだ。《鏡の通路》《南瓜へのつきることのない愛のすべて》は観客が入れるミラールーム。《鏡の通路》には水玉模様のソフトスカルプチュアが、《南瓜へのつきることのない愛のすべて》には黄色い南瓜がぎっしりとひしめきあっている。無限に続く水玉の中に溶けていく気分が味わえる。
暗闇の中、無限に続く梯子がゆっくりと色を変える《天国への梯子》や、ハート型のライトが鼓動のように点滅する《ゴッド・ハート》も印象的だ。静かに明滅する光を眺めていると、瞑想に誘われる気分になる。
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illustration Yoshifumi Takeda
青野尚子
あおのなおこ ライター。アート、建築関係を中心に活動。共著に『新・美術空間散歩』(日東書院新社)、『背徳の西洋美術史』(池上英洋と共著、エムディエヌコーポレーション)、『美術でめぐる西洋史年表』(池上英洋と共著、新星出版社)。