ARCHITECTURE
1966年に竣工した、銀座の旧〈ソニービル〉を設計したのは誰?【今日のカーサ検定】
| Architecture | 今日のカーサ検定 | casabrutus.com『【ソニーデザイン検定】日本が世界に誇るクリエイティブ。』より | text_Yoshinao Yamada Housekeeper
カーサ ブルータスの人気企画「検定」シリーズから、建築やデザインにまつわるクイズを日替わりで出題します! 今日は【ソニーデザイン検定】から一問。
● 【ソニーデザイン検定】日本が世界に誇るクリエイティブ
【問題】
1966年に開業し、2017年3月末に営業を終了した銀座の〈ソニービル〉。銀座のランドマークのひとつとして長らく愛されたこのビルを設計したのは誰でしょう。
(A)槇文彦
(B)芦原義信
(C)谷口吉生
↓
↓
↓
正解は……
「(B)芦原義信」
です。
芦原義信は〈駒沢オリンピック公園総合運動場体育館・管制塔〉〈武蔵野美術大学 鷹の台キャンパス〉〈東京芸術劇場〉などで知られる建築家です。
母方の叔父が画家の藤田嗣治であったことから海外への関心も高く、1952年にはハーバード大学デザイン学部大学院に留学。同大への留学第一号となった芦原に続き、槇文彦や谷口吉生らも同大学院に進学しました。当時のハーバード大学はヴァルター・グロピウスやマルセル・ブロイヤーら、バウハウスの関係者を迎え入れ、その教育理念や活動を引き継いでいました。芦原の入学時、すでにグロピウスやブロイヤーは同大を去っていたものの、卒業後の芦原はニューヨークのブロイヤー事務所に在籍しています。
芦原は〈ソニービル〉でワンフロアを田の字型に4分割して90cmずつ段違いにすることで、ビルそのものを大きな螺旋階段のように構成する案を採用しました。また数寄屋橋の交差点角地という超一等地に小さな三角状の広場を設け、公共性も重視しています。
その思想は、現在同地にある〈Ginza Sony Park〉にも継承されているといっていいでしょう。
1966年に開業し、2017年3月末に営業を終了した銀座の〈ソニービル〉。銀座のランドマークのひとつとして長らく愛されたこのビルを設計したのは誰でしょう。
(A)槇文彦
(B)芦原義信
(C)谷口吉生
↓
↓
↓
正解は……
「(B)芦原義信」
です。
芦原義信は〈駒沢オリンピック公園総合運動場体育館・管制塔〉〈武蔵野美術大学 鷹の台キャンパス〉〈東京芸術劇場〉などで知られる建築家です。
母方の叔父が画家の藤田嗣治であったことから海外への関心も高く、1952年にはハーバード大学デザイン学部大学院に留学。同大への留学第一号となった芦原に続き、槇文彦や谷口吉生らも同大学院に進学しました。当時のハーバード大学はヴァルター・グロピウスやマルセル・ブロイヤーら、バウハウスの関係者を迎え入れ、その教育理念や活動を引き継いでいました。芦原の入学時、すでにグロピウスやブロイヤーは同大を去っていたものの、卒業後の芦原はニューヨークのブロイヤー事務所に在籍しています。
芦原は〈ソニービル〉でワンフロアを田の字型に4分割して90cmずつ段違いにすることで、ビルそのものを大きな螺旋階段のように構成する案を採用しました。また数寄屋橋の交差点角地という超一等地に小さな三角状の広場を設け、公共性も重視しています。
その思想は、現在同地にある〈Ginza Sony Park〉にも継承されているといっていいでしょう。
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