ARCHITECTURE
【東京・御茶ノ水】創業当時のアール・デコの意匠が蘇った〈山の上ホテル〉|甲斐みのりの建築半日散歩
March 6, 2021 | Architecture, Culture, Design, Food, Travel | casabrutus.com | photo_Ryumon Kagioka text_Minori Kai
長い年月をかけて少しずつ薄れていったアール・デコ調の意匠が、2019年12月のリニューアルにより再構築された、1954年創業の老舗ホテル〈山の上ホテル〉へ。旅するような心持ちで静かに名建築を愛で、東京・御茶ノ水界隈を歩いてみると、ありふれた日常の風景が輝いて見えてくる。
●文豪が愛した丘の上のホテルがリニューアルし、創業当時の姿に。
神田駿河台の小高い丘に建つ〈山の上ホテル〉。1954年の開業当時、戦後の復興期だった東京には、わずかに4~5のホテルがあるのみで、まだ一般的にはなじみの薄い存在だった。そんな中、創業者が文学に縁深い家系だったことや、出版社や古書店が軒を連ねる神田や神保町に近い立地、なにより別宅のような居心地のよさが知れ渡り、川端康成、三島由紀夫、池波正太郎などに愛されたほか、多くの作家が部屋にこもって執筆活動するようになった。わずか35室のみの小さな独立系ホテルが、67年の長きに渡り愛され続けているのは、ホテルを訪れる人々が、ここにしかない文化的な香りを大切に感じとっているからだろう。
アール・デコ様式の建物を設計したのは、アメリカ人建築家、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ。元々は、〈東京都美術館〉の設立に貢献した九州の石炭商・佐藤慶太郎が、生活改善と社会改良のため設立した施設「佐藤振興生活館」の本部ビルとして1937年に建設された。戦後、GHQに接収された時代は「HILLTOP HOUSE」と呼ばれ、接収解除を機にホテルとして生まれ変わった。そのとき創業者は、“丘の上”をあえて“山の上”と訳したが、実際に風通しのいいホテルには、都心にいながら山頂の澄んだ空気を吸い込むように、和やかな雰囲気が漂っている。
そんなホテルも長い年月を経て、創業時のアール・デコの意匠が薄れていたため、本来の姿を再構築する形で2019年にリニューアルをおこない、同年12月に再オープンを果たした。竣工時の図面を元に設計を担ったのは、ウィリアム・メレル・ヴォーリズが立ち上げた建築事務所〈一粒社ヴォーリズ建築事務所〉。床や天井や階段、レストランなどの空間にも往時のアール・デコのエッセンスを注ぎ込み、新たな空間を創出。建築家・佐藤秀三が創業し、文化財などの修復も請け負う〈佐藤秀〉が建築工事を、横浜クラシック家具〈ダニエル〉が家具の製作・修繕を手がけている。
宿泊するのはもちろんのこと、カフェやレストラン、ロビーのショップを利用するだけでも、ゆったりとした時間が流れる中、旅気分を味わえる。今こそ身近に存在する名建築や、そこに宿る物語を大切に見つめ直したい。
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illustration Yoshifumi Takeda
甲斐みのり
かい みのり 文筆家。旅、散歩、甘いもの、建築など幅広い題材について執筆。その土地ならではの魅力を再発見するのが得意。
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