パリ、歴史の交差点〈ヴェルサイユ宮殿〉に杉本博司が仕掛けたもの。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

パリ、歴史の交差点〈ヴェルサイユ宮殿〉に杉本博司が仕掛けたもの。

世界遺産である〈ヴェルサイユ宮殿〉で杉本博司の大規模な展示が開催中だ。日本の能の表現を借りて、この地に縁のある歴史上の人物たちを蘇らせ、マリー・アントワネットのためにはガラスの茶室を設置した。

Glass Tea House Mondrian, Bassin du Plat-Fond, Versailles, 2018, originally commissionned by Pentagram Stiftung for LE STANZE DEL VETRO, Venice. Architects : Hiroshi Sugimoto and Tomoyuki Sakakida / New Material Reasearch Laboratory. Courtesy of artiste & Pentagram Stiftung Photo: Tadzio
世界のどこかで同時多発的に展覧会が開催されていることも珍しくない杉本博司。自身が所有する〈江之浦測候所〉をプロデュースし、たとえばこの秋は現代美術作家として熱海、テルアビブ、長崎で展覧会を開き、さらに主宰する建築設計事務所の展示を東京で展開している。今年から来年にかけて最も大規模な展示となったのが、フランス、パリ郊外〈ヴェルサイユ宮殿〉での『SUGIMOTO VERSAILLES』である。

世界遺産である〈ヴェルサイユ宮殿〉では毎年、現代美術の展示が行われていて、これまでジェフ・クーンズ、村上隆、李禹煥、オラファー・エリアソン、アニッシュ・カプーアらがそれぞれにこの場を使い、サイトスペシフィックな見映えを競い合ってきた。

そして今回は杉本博司の出番である。杉本に与えられたのは宮殿の本館ではなく「トリアノン区域」だ。ヴェルサイユを観光で訪れる人は多いが、ここまで足を運ぶ人は少ない。〈ヴェルサイユ宮殿〉の北西に位置し、ルイ14世の構想に基づく大理石の城である彼の私邸、現在呼ぶところの〈大トリアノン宮殿〉、ルイ15世が建設した〈小トリアノン宮殿〉がある。そして、ルイ16世はこの場所を妻に贈った。だから、私たちはここをマリー・アントワネットの隠れ家的な場所として知っている。彼女は、さらにここに建物や劇場、田舎風の風景の庭園を作らせたのだ。〈小トリアノン宮殿〉は2008年に家具調度品も含め、全面的に復元されている。
杉本博司《Louis XIV, 2018》〈ヴェルサイユ宮殿〉が所蔵しているルイ14世の横顔の蝋細工による肖像を本展のために杉本が撮り下ろした。 Hiroshi Sugimoto, LOUIS XIV, 2018, Gelatin silver print © Hiroshi Sugimoto
杉本がこの地に立ったとき、歴史上の人物が現れ、行き来したのが見えたのだろうか。まるで映画のラッシュを見るかのように。彼はこんなことを語っている。

「〈ヴェルサイユ宮殿〉の歴史の中では多くの貴顕の紳士淑女達がこの宮殿を訪れ、そして去っていった。私は日本の中世以来の演劇形式である“能”が、舞台上に死者の魂を亡霊として呼び出し語らせるように、この〈小トリアノン宮殿〉を能舞台に見立てて、ヴェルサイユを訪れた過ぎ去りし人々の霊を蝋人形として呼び寄せることにした。ウェリントン公爵、ヴィクトリア女王、サルバトール・ダリ、昭和天皇、エリザベス2世、フィデル・カストロ、プリンセス・ダイアナたちだ」(杉本博司)
最初の部屋で迎えてくれるのはエリザベス女王とダイアナ妃。 photo_Yoshio Suzuki
エリザベス女王、ダイアナ妃、フィデル・カストロ、昭和天皇裕仁。彼らに共通しているのは、かつてこの宮殿を訪れたということ。エリザベス女王以外は皆、鬼籍に入った人たちである。この宮殿を舞台にした霊界との交信。この展覧会は杉本の言うように“能の一番”なのである。

〈小トリアノン宮殿〉2階のマリー・アントワネットの居室には映画『マリー・アントワネットの生涯』(1938年、アメリカ)でマリー・アントワネットを演じているノーマ・シラーのモノクローム写真が展示されている。正確に言えば、ノーマ・シラーの蝋人形の写真だ。ここに暮らした歴史上の人物が絵に描かれ、それを元に映画が作られ、女優が演じたシーンが蝋人形のセットになり、それを杉本が撮った。時間、記憶、伝達のメディアである写真にはそんな役割があり、時に芸術にまで高められる。
ノーマ・シラーは、映画『マリー・アントワネットの生涯』でマリー・アントワネットを演じ、ヴェネツィア国際映画祭で主演女優賞を受賞している。 photo_Yoshio Suzuki