ART
銀座に霧のアートが出現! 「グリーンランド」 中谷芙二子+宇吉郎展
December 25, 2017 | Art | casabrutus.com | photo_(c) Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’enterprise Hermès text_Naoko Aono editor_Keiko Kusano
突然、滝のように噴き出す霧。あっという間に周りが見えなくなる霧の中で、雲の中に浮かぶ気分を味わってみませんか?
霧で彫刻を作る。アーティスト、中谷芙二子はそんな夢のようなことに挑戦してきた。〈銀座メゾンエルメス フォーラム〉で展示されている新作は30分に一度、霧が天井に向かって噴き上げ、少しずつ床に向かって落ちてくる。霧に包まれると視界は真っ白。外側からだと霧の中にいる人の姿も見えない。雲に乗ることができたらこんな光景が見られるのだろうか。そんな気持ちになってくる。
中谷は1970年に大阪万博ペプシ館で初めて霧のアートを発表して以来、世界各地で80を超える霧のインスタレーションを展開してきた。どんどん流れていってしまう形のないものをアートにするっていったいどういうことなのだろう? 中谷の「霧のアート」の大半は屋外に設置されたものだ。
「屋外だと風に飛ばされてしまったり、霧が蒸発してしまったりと形を保つのは容易ではありません。防風林のように樹木で風を止めたり、土にバウンドさせるなど、試行錯誤を繰り返してきました」(中谷芙二子)
中谷は1970年に大阪万博ペプシ館で初めて霧のアートを発表して以来、世界各地で80を超える霧のインスタレーションを展開してきた。どんどん流れていってしまう形のないものをアートにするっていったいどういうことなのだろう? 中谷の「霧のアート」の大半は屋外に設置されたものだ。
「屋外だと風に飛ばされてしまったり、霧が蒸発してしまったりと形を保つのは容易ではありません。防風林のように樹木で風を止めたり、土にバウンドさせるなど、試行錯誤を繰り返してきました」(中谷芙二子)
今回はガラスブロックに囲まれ、窓や扉がない空間で霧を発生させている。これはこれで、屋外とは違う苦労があったのだそう。
「天井までは霧が届くようにしたいと思ったのですが、天井が濡れてしまっては困る。天井の少し下で上への対流を止めて滝のように流したいと考えました。また窓があれば、その窓を開けると一度に霧が出ていって、1分で真っ白から透明になるけれど、ここには窓がない。それも苦労の種でした」(中谷芙二子)
屋内でも屋外でも、霧はそう簡単に思うような形になってはくれない。
「霧は本来、コントロールできないものなんです。形をある程度、持続させることができるようにいつもテストを繰り返します。その際に自然界の霧の振る舞いや動きを観察し、少しでもいいからそれを理解して何とか応用している。コントロールというよりはその場所と気象が持つ性質をじっくり観察し、相手のすきを見てタックルする。自然の複雑さを考えると、そうやって四つに組んでやっている感じです」(中谷芙二子)
「天井までは霧が届くようにしたいと思ったのですが、天井が濡れてしまっては困る。天井の少し下で上への対流を止めて滝のように流したいと考えました。また窓があれば、その窓を開けると一度に霧が出ていって、1分で真っ白から透明になるけれど、ここには窓がない。それも苦労の種でした」(中谷芙二子)
屋内でも屋外でも、霧はそう簡単に思うような形になってはくれない。
「霧は本来、コントロールできないものなんです。形をある程度、持続させることができるようにいつもテストを繰り返します。その際に自然界の霧の振る舞いや動きを観察し、少しでもいいからそれを理解して何とか応用している。コントロールというよりはその場所と気象が持つ性質をじっくり観察し、相手のすきを見てタックルする。自然の複雑さを考えると、そうやって四つに組んでやっている感じです」(中谷芙二子)
中谷は自分の作品を最大限に楽しんでいるのは犬と子供だという。
「霧は原初的なもの、肌で感じるものです。中に入ることで霧のアートを体験できる。犬や子供は境界を取り払って霧の中と外を自由に出入りしている。水滴がついて濡れる喜びを提供できる彫刻なんです。今回、銀座という都会の真ん中で霧の作品を展示できたことがとてもうれしい。都会では邪魔者扱いされることもある霧が、喜びの場になるんです」(中谷芙二子)
この展示は中谷の父、科学者の中谷宇吉郎との二人展だ。宇吉郎は雪の結晶の研究を重ね、1936年に世界で初めて人工的に雪の結晶を作り出すことに成功した。展覧会のタイトル「グリーンランド」は宇吉郎が4度、夏を過ごし、厚さ2000メートルにもなる氷床の研究に励んだ地だ。氷の層の奥深くにはかつて、その氷が生まれた当時の大気が閉じこめられている。それは遠く、鎌倉時代にまでさかのぼることができるのだという。
「霧は原初的なもの、肌で感じるものです。中に入ることで霧のアートを体験できる。犬や子供は境界を取り払って霧の中と外を自由に出入りしている。水滴がついて濡れる喜びを提供できる彫刻なんです。今回、銀座という都会の真ん中で霧の作品を展示できたことがとてもうれしい。都会では邪魔者扱いされることもある霧が、喜びの場になるんです」(中谷芙二子)
この展示は中谷の父、科学者の中谷宇吉郎との二人展だ。宇吉郎は雪の結晶の研究を重ね、1936年に世界で初めて人工的に雪の結晶を作り出すことに成功した。展覧会のタイトル「グリーンランド」は宇吉郎が4度、夏を過ごし、厚さ2000メートルにもなる氷床の研究に励んだ地だ。氷の層の奥深くにはかつて、その氷が生まれた当時の大気が閉じこめられている。それは遠く、鎌倉時代にまでさかのぼることができるのだという。
会場には宇吉郎が使っていた観測道具やグリーンランドの岩、現地で宇吉郎が撮影した写真、宇吉郎が作り出した雪の結晶の写真などが並ぶ。その中には雪の結晶の絵に有名な「雪は天から送られた手紙である」という言葉が添えられた掛け軸も。宇吉郎は絵画を趣味にしており、陶器に絵付けをしたり、展覧会を開いたこともあった。
「氷のことは氷に聞かないと分からない」。宇吉郎はこんなユーモラスな言葉とともに研究を続けていた。「科学者が自然に対して、また研究対象に対して持つ態度のことを言っているのだと思う」と芙二子は言う。宇吉郎はまた、「自然を見る眼が親愛の情を失へば相手も決してその本性を明かさないものである」とも書いている。
「氷のことは氷に聞かないと分からない」。宇吉郎はこんなユーモラスな言葉とともに研究を続けていた。「科学者が自然に対して、また研究対象に対して持つ態度のことを言っているのだと思う」と芙二子は言う。宇吉郎はまた、「自然を見る眼が親愛の情を失へば相手も決してその本性を明かさないものである」とも書いている。
芙二子は「客観的な事実を求めても、そう簡単に手に入るものではない。対象に対する純粋な興味と、相手(対象)が言うことを謙虚に聞く態度が必要」とも言う。コントロールできない霧のすきを見てタックルする、そうやって作られていく霧のアートを体験すると、自然に対する宇吉郎の態度と芙二子の態度には共通するものがあるのに気づく。
私たちも興味と謙虚さを持って霧の中に入っていくことでもっと面白いものが見つかるはず。街の真ん中、ビルの上で滝のように落ちてくる霧が私たちをグリーンランドへ、さらに遠いところへと旅をさせてくれる。
私たちも興味と謙虚さを持って霧の中に入っていくことでもっと面白いものが見つかるはず。街の真ん中、ビルの上で滝のように落ちてくる霧が私たちをグリーンランドへ、さらに遠いところへと旅をさせてくれる。
「グリーンランド」 中谷芙二子+宇吉郎展
〈銀座メゾンエルメス フォーラム〉中央区銀座5-4-1 8階。TEL 03 3569 3300。〜3月4日。12月31日〜1月2日休。11時〜20時(日曜は〜19時)。入場無料。
中谷芙二子
1933年、中谷宇吉郎の次女として札幌に生まれる。1966年、ニューヨークで科学と芸術の融合を目指した実験グループ「E.A.T.」に参加。1970年以降、世界各地で霧のアートを手がける。建築や音楽、ダンスなどとのコラボレーションも。2017年、フランス芸術文化勲章コマンドゥール受勲。国営昭和記念公園こどもの森に恒久設置作品《霧の森》(1992年)がある。
青野尚子
あおのなおこ ライター。アート、建築関係を中心に活動。共著に「新・美術空間散歩」(日東書院本社)。西山芳一写真集「Under Construction」(マガジンハウス)などの編集を担当。