新素材研究所が〈MOA美術館〉で作り上げた、美術館建築の新たなスタンダード。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

新素材研究所が〈MOA美術館〉で作り上げた、美術館建築の新たなスタンダード。

1年近くに及ぶ改修工事を終えて、静岡県・熱海市の〈MOA美術館〉がオープンしました。設計は新素材研究所(杉本博司+榊田倫之)。彼らの手で生まれ変わった展示空間は、美術館建築の新しいスタンダードとも言えるものでした。

国宝・尾形光琳《紅白梅図屏風》江戸時代(18世紀)。装飾的な水流の左右に紅白の梅の木を描く。たらし込みなどの技法を駆使した、リズム感ある画面が特徴だ。近年の研究で地には金箔が使われていることがあらためて判明した。
美術館は、白い箱の中でアートを見せるもの。新素材研究所が手がけた〈MOA美術館〉は、いろいろな意味でそのホワイトキューブのセオリーを打ち破るイノベーティブなものだ。これまでの美術館建築の常識を超えて、あり得ないと思われていた大胆な展示空間が実現されている。
杉本博司が撮りおろした《紅白梅図屏風》。 (c) Hiroshi Sugimoto/Courtesy of MOA Museum of Art
杉本博司は写真を使ったアーティストであると同時に、古美術のコレクターとしても知られている。改修にあたって彼らは「どうやったら古美術を、それが作られた当時のままに見ることができるのか」を考え抜き、写真家、建築家として鍛えられた眼力でそれを実現させた。そのために彼らが特にこだわったのは光だ。
黒漆喰の壁がある展示室。漆喰には微妙な手の跡が残り、光を吸い込む。展示された美術品の、新しい顔が見える。
檜の扉が開いて中に入ると、黒一色の壁が出迎える。新素材研究所にとっても初めての素材である黒漆喰を塗った壁だ。4面がガラスケースだった展示室の中央にそびえ立つ黒い壁が光を吸い込み、ガラスへの反射を抑える。

実際に行ってみると、本当にガラスが見えないのに驚かされる。ガラスの向こうにある軸や茶碗も、まるで手に取るように間近に感じられる。まったくの素通しのように思えるから、つい近づき過ぎて頭をぶつけてしまいそうになる。

職人の手の跡を注意深く残した黒漆喰の壁は、谷崎潤一郎の『陰影礼讃』の世界観を体現する。彼らは人工照明がなかったかつての光を再現しようとしていると思われる。

「足利義政が慈照寺の東求堂で自身の持ち物である東山御物を見たであろう、障子を通して柔らかく空間を充たす光です」(杉本博司)

それには自然光が一番なのだが、残念ながら作品保護のためそれはかなわない。新素材研究所は最新技術を駆使し、苦心して限りなくその光に近づけることに成功した。それを支える21世紀の工業技術は巧みに隠されて、観客の目には入らない。「こんなに上手くいくとは思わなかった」と杉本は振り返る。