都築響一さんが語る、写真家・鬼海弘雄さんのこと。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

都築響一さんが語る、写真家・鬼海弘雄さんのこと。

昨年10月にこの世を去った、写真家・鬼海弘雄。浅草を舞台にしたポートレートシリーズ『PERSONA(ペルソナ)』や、インドの人々を写した『India』など、常に市井の人々をカメラに収め、彼ら・彼女らから滲み出てくる物語の数々を捉えてきた。生前に鬼海と交流のあった編集者・都築響一を訪ね、この写真家の来た道を振り返った。時代を超える鬼海作品の魅力に改めて迫る。

七年前、五人のうち四人が死んだ交通事故で生き残ったと語るひと(1998年)
頭に大きなリボンを結び、プリンセスのようなフリルつきのドレスを身につけた老女。携帯テレビを持った和装の紳士。肩にカラスを乗せた男性。ばりばりのリーゼントにサングラス姿の女性……。写真のむこうから、無数の、無名の老若男女が見つめてくる。どの人もどこか個性的で自由な姿。何かの帰り道かな、どんな人だろう? 見返す度に何かしらの発見があって、何度も何度も見たくなる。鬼海弘雄による写真シリーズ『PERSONA(ペルソナ)』は、そんな独特の魅力をたたえた作品群だ。45年にわたってこのシリーズを撮り続け、海外でも高い評価を得ていた鬼海さんが、2020年10月19日、75歳で逝去した。

ご本人は旅立たれても、この人が写した作品の数々は残る。生前に親交のあった編集者・都築響一さんに、鬼海さんとその写真の魅力を聞いた。

─鬼海さん逝去の知らせに、都築さんはいち早くツイッターで追悼の言葉を呟かれていました。ご親交が深かったのですね。

もちろん鬼海さんの作品はずっと好きだったけれど、個人的なお付き合いはそんなに長いわけじゃないんです。10年くらい前にイベントでご一緒して以来かな? 知り合ってとてもびっくりしたことがありましたよ。代表作である『PERSONA』は、東京・浅草寺の境内で撮られています。1975年からのシリーズだから相当数撮影してきているわけだけれど、鬼海さんは浅草には住んでいないし、全く浅草に詳しくない(笑)! 撮影で朝から晩までいらっしゃるから、おいしい店とか知ってますかと聞いたら、吉野家やマクドナルドに行くって言うんですよ。「知らない店に入るのは怖い」って。僕が「え! 知らない店に入るといろいろな発見があって面白いでしょう」って聞いたら「そういうのは都会の人が言うこと。自分は田舎もんだからいろいろ考えちゃって、結局慣れた店にしか入らないんだ」って。
2003.11.23
─さっそく意外な一面ですね。確かに、鬼海さんは山形の生まれ。でも浅草で撮影する『PERSONA』シリーズは数十年続いているのだから、街のことをいろいろ知っていて当然かと思っていました……。

でしょう? 「都築さんは知らない店にズカズカ入って行って写真まで撮れてすごい」って(笑)。意外なことはほかにもありました。『PERSONA』の写真は、基本的に浅草寺の宝蔵門という大きな門の壁をバックに撮っています。朝、電車を乗り継いでやってきたら、その壁をティッシュで拭いてきれいにして、ずっとそこにいて、撮りたい人を待つ。一日ひとり撮れればいい方で、撮らない日もある。ひとりにつきシャッターも多くは押さない。そのかわりに10人撮影したら、8~9人は写真集に使う、とおっしゃっていました。カメラはハッセルブラッド、レンズも一本、背景も同じ。そして撮影した人とは、基本的にはそれ以上には仲良くならない。それを聞いて、僕とは全く正反対だな! と思ったんですよ。僕なら撮影したらちょっと話を聞いて、そのままビールでも一緒に飲んで……と、一人ずつ違う人生や個性を知りたくて仕方がなくなる。でも鬼海さんはまるで逆。一人ひとりの人物図鑑をつくっているわけじゃなくて、“ペルソナ”というタイトルの通りに、いろんな人からにじみ出てくる“人間”を撮っていた。一人ひとりの人間も、浅草という背景も、その構成要素にしか過ぎないんですよね。だからわざわざ浅草まで行っているのに、全く浅草らしい背景は使わない。すぐそばには五重塔だってあるのにさ(笑)。
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