「電柱・電線」の美を愛でる絵画を見に行きませんか? | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

「電柱・電線」の美を愛でる絵画を見に行きませんか?

「富士には電信柱もよく似合ふ。」というどこかで聞いたようなキャッチコピーがついた展覧会『電線絵画展-小林清親から山口晃まで-』が2月28日から、東京の〈練馬区立美術館〉で始まります。近現代の画家は電信柱や電線をどう描いたのかを探る、奥の深い企画です!

小林清親《従箱根山中冨嶽眺望》(1880・明治13年)。日本を代表する自然景観の富士山に電柱を取り合わせる。両者をともに美しいとする感性だ。
いろんな「美」の中でも景観の美はとくに振れ幅が大きい。東京・日本橋の上をまたぐ首都高の高架道路は「目障りだ」という人から、土木の美を愛でる人まで百家争鳴だ。電柱・電線も一般には醜いとされる嫌われ者。地中化の議論も盛んに行われている。でもその電柱・電線に独特の美を見出した画家もいる。目障りだからと言ってなくしてしまっていいものか、との声もある。この展覧会は明治初期から現代まで電柱・電線を描いた絵を集めたもの。類似の企画が少ない、貴重な展覧会だ。
樋畑翁輔《ペリー献上電信機実験当時の写生画》(1854・嘉永7年)。郵政博物館蔵。横浜で行われた電信機の実験を警備をしていた松代藩の藩士がスケッチしたもの。日本最古の電線・電信柱の絵だ。電柱はまず電信(信号を伝える)のために建てられ、明治20年ごろから送電のための電柱が建つようになった。
出品作の中で日本初の「電線絵画」と目されるのが明治維新直前の1854年(嘉永7年)の絵だ。ペリーがもたらした電信機の実験をしているところを、警備をしていた松代藩の藩士がスケッチした。当時、他国に上陸すると、まずやることが電信網の整備だった。国どうしの交渉や戦争は情報戦であり、情報を制するものが勝者となる。

時代が下って日本が他国を占領した際も同じことが行われる。福田豊四郎《スンゲパタニに於ける軍通信隊の活躍》は第二次世界大戦中、日本軍がマレーシアで電信柱を立てるところを描いたもの。長く延びる道に沿って電柱を立てていく。
福田豊四郎《スンゲパタニに於ける軍通信隊の活躍》(1944・昭和19年)。戦争画では戦闘場面だけでなく、こういった兵站の場面もよく描かれた。
明治期に活躍した”最後の浮世絵師”小林清親は明治維新以降、急速に近代化が進む都市の様相をノスタルジックな色調で描いた「光線画」で人気を博した。その中には電柱と電線が描き込まれたものもある。電柱・電線は橋や蒸気機関車と並んで、輝かしい近代を象徴するアイテムなのだ。浮世絵師は新しもの好きだからそんなものにはすぐに飛びつく。

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