京都|杉本博司の斬新な“表具”の世界へ。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

京都|杉本博司の斬新な“表具”の世界へ。

『カーサ ブルータス』2020年3月号より

表具とは古裂や布、紙などを用いて作品を掛軸などに仕立てること。古美術収集を通じて自分好みの表具を追求していた杉本博司は伝統的な約束事を一切無視し、現代アートまでも斬新に表具します。いま京都の〈細見美術館〉で、杉本が仕立てた表具作品を見ることができます。

《墨筆抽象画(1960年代前半)白髪一雄》 白髪作品に多く使われる赤の色を表具のほうで大胆に使った。一文字(本紙の上下に付く帯状の布)を省略し、全体を江戸時代の紅花染の布で覆った。「明治時代から化学染料が入ってくる。その前の自然染の赤い色こそふさわしい」。三嶋りつ惠のガラス花器「光輪」と室町時代の金銅採掘精錬器を添えて。
《罐鈴汁缶(1974)アンディー・ウォーホル》 京都の古美術業者の市で出た、ある旅館の宿帳を杉本が入手。その中にウォーホルのサインもあった。濃緑の地紋のある裂に一文字風に合わせたのは、田中親美が大正期に模写した平家納経の扉の裏側。金泥に藍や緑で花唐草が描かれる。「この軸に雨晒しにしたキャンベルスープの缶を添えてみたかったんだよ」
掛け軸といえば仏画や山水画、難解な禅語などを思い浮かべるが、杉本のアトリエにはときにレンブラントや古代エジプトの死者の書、18世紀フランスの解剖図までが表具され、床の間に飾られる。

「もともと古美術を収集するようになって、手に入れた掛軸を自分好みに表具し直していました。そのうち自分の写真作品もリトグラフ化して軸装するようになり、その最初の例が2005年の《華厳滝図》です(展覧会に出品)」

表具の世界にはもともと「真行草」のスタイルがあり、本紙の格が高いと金襴緞子などの派手な装飾裂を使うこともあるのだが、杉本の表具スタイルとは、伝統的な決まりごとから離れ、自身の美的感覚で布を選び、バランスをとる。

「豪華な表具で本紙より目立つようなことはしたくない。柱(本紙の左右)もごく細く、風帯(上から下がる2本の帯)も省略します」
《素麺のゆでかげん(江戸時代後期)大田南畝(蜀山人)》 「蜀山人」の別号を持つ江戸時代の文人・太田南畝の狂歌「なげつけてみよ 素麺のゆでかげん 丸にのの字になるか ならぬか」に、古い十牛図(悟りを開くまでの10段階を図にしたもの)の擦り絵を合わせた。禅宗の真面目な説法に、肩透かしを食らわせるような杉本ならではのウィットがきいている。
《地蔵菩薩後光光背図(鎌倉時代)》 もともとの表具をすべて外して仕立て直したもの。後光は描かれたのではなく、截金(きりかね)という細く切った金箔を貼りつけたもので、その光を画面を突き抜け表具にまで飛び出させたのは杉本のアイデア。本紙の截金と金の色を合わせるために江戸期の古い金箔を探し、先に台紙に貼ってから、光の筋だけを残すようにして燕脂色の裂を貼るという凝りよう。
杉本にとって掛軸とは、茶席だけでなく来客をもてなす際のコミュニケーションツールなのだ。

「益田鈍翁が茶席に仏教美術を取り入れたことは非常に画期的でした。それまでは仏画を茶掛けにすることなどありえなかったのですから。決まりごとを無視した先に新しい茶の湯が生まれた。だから私も現代アートを表具して、お客様へのメッセージや頓知を込めたもてなしをしたいと考えました」

表具ひとつで本紙の持つ雰囲気がガラリと変わる。元来アートではなかったものまでアートに昇華させる。杉本表具は時にウィットを含みながら、古くて新しいインスタレーションを見せてくれる。
《楽譜(2019年)坂本龍一》 杉本自身も出品したあるチャリティーオークションで、杉本が手に入れた坂本龍一作曲『戦場のメリークリスマス』の自筆楽譜、冒頭部分。クリスマスカラーである赤と緑の裂を用いた表具に。
《アンタイトル(1999年)アグネス・マーティン》 アメリカの女性抽象画家によるハンドペインティングの水彩画は非常に薄い紙に描かれており、表具するのがかなり難しかったという。淡い色彩の水平ラインの作品に合わせて選んだ江戸時代の木綿布は、陽焼けして脱色したラインがちょうど掛軸の一文字の位置に来るように表具した。

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