新しいジープに乗って、物語の詰まった山小屋へ。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS facebook-a facebook instagram line twitter youtube

新しいジープに乗って、物語の詰まった山小屋へ。

自らも山を愛したモダニズム建築の巨匠、吉阪隆正。氏が学生のために設計した山小屋とその物語を追って、愛嬌たっぷりの新生ジープで夏の蓼科を目指します。

やや高床の基礎は石積みで、当時の学生たちが蓼科町の許可をもらい、あちこちから運び込んだもの。山小屋の土台作りに汗水流して関わったことは、忘れ得ぬ思い出として今なお語り継がれている。
この山小屋が建ったのは1965年、半世紀前にしてはいやにハイカラだと驚く。これは早稲田大学の登山サークル〈山岳アルコウ会〉のもので、今なお現役生からOBOGまでの合宿や飲み会に使われており、その名を〈対山荘〉という。この建設を企画し実際に竣工まで成し遂げたのは、実は昭和30年代後半のサークル員の学生たちだった。設計を依頼した先は、なんとル・コルビュジエの下で学んだモダニズム建築の巨匠、吉阪隆正。当時吉阪は早大理工学部建築科の教授。サークル顧問と山を通じて親しかったことから設計を引き受けた。自身も登山家で日本山岳会理事を務めたほどの本格派だった吉阪は、イヌイットのイグルーにヒントを得て柱のない円形小屋を設計したが、何より金銭的に、そして建築工法的にも「まさか本当に建つとは思わなかった」と後で語ったそうだ。

約100万円(当時の大卒男子の初任給は平均およそ2万4000円)の費用捻出のため、会員各自が土木関係のバイトに励み、ダンスパーティーや映画の上映会を開いて資金集めに奔走、不足分は関係者からの寄付で賄った。吉阪はそれに応え、設計料を辞退したという。そんな青春物語が本当にあったというだけでもじんと来る。
まさに建築中の貴重な写真も大切に残されていた。