クラシック・カーと〈モンブラン〉が秋の高野山でコラボ! | カーサ ブルータス Casa BRUTUS facebook-a facebook instagram line twitter youtube

クラシック・カーと〈モンブラン〉が秋の高野山でコラボ!

今年で26回目を迎えたクラシック・カーの祭典『ヴェトロモンターニャ高野山』が10月28日から2日間にわたって開催された。全国から個性的で美しい名車がエントリーするこのイベントが、今年は〈モンブラン〉とコラボレーション! 萌えるような紅葉が見頃を迎えた高野山と美しいクラシック・カーの競演をお届け。DJ・松浦俊夫による、プレイリストも特別公開します。

高野山・金剛峯寺前に設置された特設ゲートから、続々とクラシック・カーが出発。まばゆい赤の車体は、《ジャガー Eタイプ Sr.1 FHC》(1963年)。
人気のスポーツサルーン《アルファロメオ ジュリア スーパー 1.3》 (1973年)も登場。
《ジャガー Mk.2》(1964年)。ジャガー初の小型サルーンとして、現在でも多くのデザイン・ファンを唸らせる名車だ。
高野山・金剛峯寺前に設置された特設ゲートから、続々とクラシック・カーが出発。まばゆい赤の車体は、《ジャガー Eタイプ Sr.1 FHC》(1963年)。
人気のスポーツサルーン《アルファロメオ ジュリア スーパー 1.3》 (1973年)も登場。
《ジャガー Mk.2》(1964年)。ジャガー初の小型サルーンとして、現在でも多くのデザイン・ファンを唸らせる名車だ。
ヴェトロモンターニャ(VETRO MONTAGNA)は、毎年、高野山を舞台に2日間にわたって開催される。初日は高野山のふもとに全国から集ったクラシック・カーの展示が行われ、その後、高野山で一泊。2日目は南紀白浜を目指して朝から走行会がスタート。龍神温泉、熊野三山のひとつである熊野本宮を経て、南紀白浜へのゴールに向けて総走行距離209kmをひた走るのだ。
大衆車として長く親しまれた《フィアット 600 D》(1965年)も参戦。かわいいフェイスが印象的だ。
《フェラーリ ディーノ 246GT Tipo-L》 (1969年)も登場。《Tipo-L》は《ディーノ 246GT》の中でも生産台数が少なく希少なモデルだ。
《マツダ コスモスポーツ》(1970年)もサブ・エントリー・カーとして参戦。
大衆車として長く親しまれた《フィアット 600 D》(1965年)も参戦。かわいいフェイスが印象的だ。
《フェラーリ ディーノ 246GT Tipo-L》 (1969年)も登場。《Tipo-L》は《ディーノ 246GT》の中でも生産台数が少なく希少なモデルだ。
《マツダ コスモスポーツ》(1970年)もサブ・エントリー・カーとして参戦。
車の祭典というと「スピードを競うもの」と想像するが、本大会はタイムを競ったり、連なって走行するイベントではない。クラシック・カーの愛好家たちが一堂に集い親交を深めながら、紀州の風景を楽しみつつ完走することが目的だ。毎年参加する常連メンバーも数多く、会場は和気あいあいとした空気に満ちていた。
1950年代後半から70年代にかけて生産、販売されていたスポーツカー《ロータス セブン Sr.3》(1969年)が色違いで並ぶ車両展示の様子。〈ヴェトロモンターニャ高野山〉ならではのレアな光景だ。
手前から《アルファ・ロメオ ジュリア スパイダー》(1963年)、《アルファ・ロメオ 1300 ジュニア ザガート》(1970年)、《アルファ・ロメオ ジュリア スーパー 1.3》(1973年)、《ジャガー Eタイプ Sr.1 FHG》(1963年)、《ジャガー Eタイプ Sr.1 OTS》(1966年)。
1950年代後半から70年代にかけて生産、販売されていたスポーツカー《ロータス セブン Sr.3》(1969年)が色違いで並ぶ車両展示の様子。〈ヴェトロモンターニャ高野山〉ならではのレアな光景だ。
手前から《アルファ・ロメオ ジュリア スパイダー》(1963年)、《アルファ・ロメオ 1300 ジュニア ザガート》(1970年)、《アルファ・ロメオ ジュリア スーパー 1.3》(1973年)、《ジャガー Eタイプ Sr.1 FHG》(1963年)、《ジャガー Eタイプ Sr.1 OTS》(1966年)。
2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコの世界遺産に登録された高野山は、約1200年前に弘法大師・空海によって開かれた日本仏教の一大聖地だ。
ちょうど紅葉の見頃を迎えた高野山。真言密教の根本道場のシンボルとして建てられた〈根本大塔(こんぽんだいとう)〉が奥に見える。
高さ48.5mの日本で最初の多宝塔〈根本大塔〉。大塔内陣は曼荼羅の世界を立体的に表現している。
ふもとから古道を徒歩で登ってきた人たちを最初に迎え入れるのは、高さ25mに及ぶ高野山の総門〈大門(だいもん)〉。明治初期に女人禁制が解かれるまで、女性参拝者はここまでしか入ることを許されなかった。
〈大門〉の左右には、巨大な金剛力士像がそびえ立つ。江戸中期に活躍した仏師である運長と康意による像は、奈良の東大寺南大門の仁王像に次ぐ日本で2番目の大きさを誇る。
ちょうど紅葉の見頃を迎えた高野山。真言密教の根本道場のシンボルとして建てられた〈根本大塔(こんぽんだいとう)〉が奥に見える。
高さ48.5mの日本で最初の多宝塔〈根本大塔〉。大塔内陣は曼荼羅の世界を立体的に表現している。
ふもとから古道を徒歩で登ってきた人たちを最初に迎え入れるのは、高さ25mに及ぶ高野山の総門〈大門(だいもん)〉。明治初期に女人禁制が解かれるまで、女性参拝者はここまでしか入ることを許されなかった。
〈大門〉の左右には、巨大な金剛力士像がそびえ立つ。江戸中期に活躍した仏師である運長と康意による像は、奈良の東大寺南大門の仁王像に次ぐ日本で2番目の大きさを誇る。
標高800mほどの高野町の中心地は東西約6km、南北約3kmの平坦な盆地で、ここに真言宗の総本山・金剛峯寺を中心に117の寺院が存在する。大会参加者は高野山の各宿坊に宿泊し、外界から離れ、神聖な空気を味わう。
〈奥之院〉の参道から〈英霊殿〉をのぞむ。美しい紅葉に呼応するように、朱に染まった〈平和橋〉が映える。
〈奥之院〉の参道には、樹齢1,000年に及ぶ立派な杉の樹木とともに、さまざまな墓石や供養搭、祈念碑、慰霊碑などが立ち並ぶ。
〈奥之院〉の参道にある〈結城秀康(家康次男)石廟〉は重要文化財。左は秀康の母の石廟、右が母に先立って急死した秀康自身の石廟。木をほとんど使用せず、瓦や壁、柱や棟木、扉まで全て石造りだ。
〈御廟橋〉手前の〈水向地蔵〉。参詣者は水を手向けて先祖の冥福を祈る。〈御廟橋〉の奥にある〈御廟〉は弘法大師が835年3月の入定以降、生身のまま人々を導き続けているとされる場所だ。
〈奥之院〉の参道から〈英霊殿〉をのぞむ。美しい紅葉に呼応するように、朱に染まった〈平和橋〉が映える。
〈奥之院〉の参道には、樹齢1,000年に及ぶ立派な杉の樹木とともに、さまざまな墓石や供養搭、祈念碑、慰霊碑などが立ち並ぶ。
〈奥之院〉の参道にある〈結城秀康(家康次男)石廟〉は重要文化財。左は秀康の母の石廟、右が母に先立って急死した秀康自身の石廟。木をほとんど使用せず、瓦や壁、柱や棟木、扉まで全て石造りだ。
〈御廟橋〉手前の〈水向地蔵〉。参詣者は水を手向けて先祖の冥福を祈る。〈御廟橋〉の奥にある〈御廟〉は弘法大師が835年3月の入定以降、生身のまま人々を導き続けているとされる場所だ。
今年のテーマは「甦り。旧き良きものに触れる」。神聖な高野山を舞台に長年行われてきた本大会は、MG、モーガン、シトロエン、BMW、アルファロメオなど、自動車史上に残る数々の名車を一堂に介し、その魅力を次世代に伝えてきた。自動車を取り巻く状況は刻々と変化を見せているが、美しいデザインの名車は、今見ても揺るがぬ魅力を放つ。
イギリスの小規模自動車メーカー〈パンサー・ウェストウインズ〉が最初に生産した《パンサー J72》(1975年)。