【追悼】「自分は建築家」と述べたヴァージル・アブロー|石田潤のIn The Mode | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

【追悼】「自分は建築家」と述べたヴァージル・アブロー|石田潤のIn The Mode

41歳という若さでこの世を去ったヴァージル・アブロー。2018年、ルイ・ヴィトンのメンズ アーティスティック・ディレクター就任直前に垣間見えたその素顔と建築への思い。

2018年3月、個展『“PAY PER VIEW”』会場でのヴァージル・アブロー。
ヴァージル・アブローが2021年11月28日(現地時間)、この世を去った。享年41。2019年以来、密かに癌と闘い続けていたという。

彼にインタビューしたのは一度。2018年に村上隆さんが主催する〈カイカイキキ・ギャラリー〉で、初となるアートの展覧会を発表した時だった。〈ルイ・ヴィトン〉のメンズ アーティスティック・ディレクター就任が発表される前だったが、その予感はあり、ヴァージルが〈ルイ・ヴィトン〉の革小物を持っていたのを目にした時、それは確信に変わった。

ヴァージルはインタビュー中、ずっと携帯で誰かとやりとりをしていて、心ここにあらずなのかなと思ったが、後で村上さんに「ヴァージル、ずっと携帯いじっていたでしょ」と言われ、それが彼の習性であることを知った。「僕を超えるくらいのワーカーホリックなんだよ」と村上さんは嬉しげに言っていたっけ。
ただ一度だけ、ヴァージルが携帯から目を話すことがあった。それは彼がイリノイ工科大学大学院で建築を専攻した際、学んだ師がグラフィック・デザイナーのマイケル・ロックだったというので、マイケルが自分の友人だと告げた時だった。驚いたように顔を上げると、「彼は僕のメンターなんだ」と言葉を続けた。

マイケル・ロックは、NYのデザイン事務所「2×4」の設立者の一人で、ヴァージルが学生時代に憧れを抱いていたOMAやプラダのコラボレーターでもあった。建築家を目指し、ファッション界での成功を手に入れてもなお「ファッションデザイナーやアーティストである以前に自分は建築家だと思う」と誇らしげに言うヴァージルを見て、いつかファッションの世界から去り、本格的に建築に取り組む日も来るのかなと思った。
背後にある作品は《dollar a gallon》(2018年)。個展について彼は「僕らの眼は、僕らが見たものから出来ています。そして僕らが見ているものの90パーセントは広告です。(中略)この展示は、広告がなんであるか、その重要性を気づかせようとするものです」と語った。
その後の彼は、凄まじいスピードで夢を叶えていった。2019年には故郷の〈シカゴ現代美術館〉で個展を開催、2020年にはマイアミに自分のブランドである〈Off-White〉の基幹店をOMAのリサーチ&デザイン部門であるAMOと共同でデザインした。

インタビューの最後に、音楽からファッション、アート、建築とマルチな才能を発揮する彼に「苦手なことは? 」と聞くと「眠ること」と苦笑しながら答えたヴァージル。向こうの世界ではどうかゆっくりと眠ってほしい。もっとも、敬愛するミース・ファン・デル・ローエに会って、新しいプロジェクトを立ち上げるかもしれないけれど。
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