ロン・ギラッドの新作ミラーが映す、デザインの理想郷。|土田貴宏の東京デザインジャーナル | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

ロン・ギラッドの新作ミラーが映す、デザインの理想郷。|土田貴宏の東京デザインジャーナル

「1960~70年代、イタリアのデザインが自由で革新的だったのは、それをブランドも後押ししたから。しかし最近は……」。デザイナーのロン・ギラッドは、デザインの黄金期を振り返りながら、さらに新しい一歩を踏み出そうとしている。

カッシーナ・イクスシー青山本店で開催の『フラグメンツ・オブ・ライフ』の様子。壁面には〈カッシーナ〉のミラーを、展示台には〈ダネーゼ〉の近作を展示。
イスラエル出身のデザイナー、ロン・ギラッドが作るものには、意外性とユーモアが共通してそなわっている。さらに1点1点の背景にはユニークなストーリーがあり、アイロニーを感じさせる作品も多い。カッシーナ・イクスシー青山本店で7月24日まで開催中の『フラグメンツ・オブ・ライフ』は、そんなギラッドの作風をシンプルに伝えている。彼が手がけたものを「生活のかけら」と位置づけた展示は、日常の中のデザインの役割について想像力をふくらませてくれる。
壁面のミラーは〈カッシーナ〉の《デッドライン》コレクションの新作《オーヴァル》2タイプ。〈ダネーゼ〉のアイテムには、エンツォ・マーリのグラフィック作品を思わせるリンゴや洋梨のオブジェを組み合わせた。
中央が青空の《オーヴァル・ドリーム》と、中央のガラス越しに壁面が見える《オーヴァル・ヴォイド》。各198,000円。
壁面のミラーは〈カッシーナ〉の《デッドライン》コレクションの新作《オーヴァル》2タイプ。〈ダネーゼ〉のアイテムには、エンツォ・マーリのグラフィック作品を思わせるリンゴや洋梨のオブジェを組み合わせた。
中央が青空の《オーヴァル・ドリーム》と、中央のガラス越しに壁面が見える《オーヴァル・ヴォイド》。各198,000円。
彼が初めて〈カッシーナ〉からミラーを発表したのは2016年。シュールレアリズムのアートのような存在感をもつ一連の作品は大きな注目を集めた。今年の新作ミラー《オーヴァル》は2種類あり、いずれも中央部分がミラーに加工されていない。一方はミラーの奥の壁が見え、一方は青空が描かれている。今回、来日したギラッドは、この新作についてこう話す。

「これは、自分の見え方に執着する人間に対してのちょっとしたアイロニー。真ん中はただのガラスだから自分の姿がうっすらと映る。青空のほうは、たまには自分のことを考えずに空でも見ようという意味だ。人を映すのに疲れた鏡が、ちょっと仕事を休んだみたいに見えるね」
昨年からロン・ギラッドがクリエイティブディレクターを務める〈ダネーゼ〉のアイテム。輪郭だけで器を作った。《ボーダーNo.2》43,000円。
棒で構成した《フルーツボウルNo.5.5》は、1列にフルーツを載せて使う。37,000円。
トロンプルイユ風に時計を組み込んだ《ドローイングNo.12》89,000円と、一部にミラーを使った《ドローイングNo.13》105,000円。〈ダネーゼ〉は創業時から平面作品も取り揃えていた。
中央のキャンドルホルダーは、左から《ベネツィア》46,000円、《トルチェッロ》27,000円、《ピサ》37,000円。角材をカットしたような台座が特徴。
昨年からロン・ギラッドがクリエイティブディレクターを務める〈ダネーゼ〉のアイテム。輪郭だけで器を作った。《ボーダーNo.2》43,000円。
棒で構成した《フルーツボウルNo.5.5》は、1列にフルーツを載せて使う。37,000円。
トロンプルイユ風に時計を組み込んだ《ドローイングNo.12》89,000円と、一部にミラーを使った《ドローイングNo.13》105,000円。〈ダネーゼ〉は創業時から平面作品も取り揃えていた。
中央のキャンドルホルダーは、左から《ベネツィア》46,000円、《トルチェッロ》27,000円、《ピサ》37,000円。角材をカットしたような台座が特徴。
今回、ミラーとともに中核を占めるのは〈ダネーゼ〉のアイテムだ。1957年に創業してブルーノ・ムナーリやエンツォ・マーリらの個性的なプロダクトを発表し、デザインの楽しみを世界に広めた〈ダネーゼ〉。ロン・ギラッドは昨年からそのクリエイティブディレクターを務めている。

「創業者のブルーノ・ダネーゼが運営した時代の〈ダネーゼ〉は、自由で制約がなく、企業よりもギャラリーのようなブランドだった。その後、揺らいでしまったブランドのアイデンティティーを、僕はオリジナルに戻したい。去年は自分の作品だけを新作として発表したけど、今年はミケーレ・デ・ルッキとリチャード・ハッテンを起用した。ハッテンはオランダの〈ドローグ〉の初期メンバーで、そもそも〈ドローグ〉と〈ダネーゼ〉は『機能を疑う』という姿勢が共通していたと思う」