アルヴァとアイノ、ふたりが生み出したアアルト・デザインの25年|小西亜希子の北欧デザイン通信 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

アルヴァとアイノ、ふたりが生み出したアアルト・デザインの25年|小西亜希子の北欧デザイン通信

フィンランドが誇る巨匠建築家・デザイナー、アルヴァ・アアルト。彼の幅広い功績の影には、妻であり仕事上のパートナーだったアイノ・アアルトの存在がありました。東京・世田谷で開催中の、ふたりのアアルトの創作活動にふれる展覧会から、見どころをまとめてお届けします。

本展へ向かうエントランス前では、アルテックとイッタラによる特設コーナーも。スタイリングは黒田美津子が手がけた。
1939年のニューヨーク博覧会、フィンランド館の展示ブースも復元。
1920年代以降のフィンランドに機能主義をもたらし、モダニズム建築の礎を築いた建築家、デザイナー、アルヴァ・アアルト。ヒューマニズムや自然環境への敬意を込めた建築のみならず、家具に至るまで多岐に及ぶ作品のその影には、妻であり仕事上でもっとも信頼のおけるパートナーだったアイノ・アアルトの存在が色濃く影響している。本展はこれまであまり知られてこなかったアイノの功績にも光を当て、ふたりのアアルトのおよそ25年間に及ぶ創作活動の軌跡に迫っている。
初期にデザインされた椅子の展示など、随所に見応えがある館内。漏れなくチェックしたい。

アルヴァより4つ年上のアイノは1913年にヘルシンキ工科大学の建築学科に入学、その3年後にアルヴァが同科に入学。ふたりは学生時代に出会っていたという。その後、アルヴァはスウェーデンに渡り設計事務所で勤務したのち、1923年に故郷フィンランドのユバスキュラで建築設計事務所を開設。翌年、アイノがその門戸を叩く。

当時は女性が建築家として活動するのは容易ではなく、必然的に内装や家具といったインテリアデザインに力を入れることが多かったようだ。アシスタントとして才覚を示すアイノとアルヴァは互いに共鳴しあい、およそ半年後に結婚。ここから公私共にパートナーとしての道のりが始まっていく。
アルヴァがユバスキュラに事務所を開設した当初に設計されたと言われている図面収納付きライティング・ビューロー。
ビューロー内部のディティールには、当時、イタリア建築から影響を受けていたと思われるアーチ型が用いられている。
アイノとアルヴァは新婚旅行で訪れたイタリアで、バロックやルネサンス様式の建築に影響を受け、この時期のいくつかの建築計画には回廊式の教会やアーチをテーマに設計された様子が窺える。こうした初期の構想や図案から始まる本展では、ふたりの活動の系譜が丁寧にひもとかれていく。
《シサ・スオミ新聞社の広告ポスター》アルヴァ・アアルト。このグラフィックがデザインされたのは1924年。のちの1932年に発表されたパイミオチェアの原型のように思えるのは気のせいだろうか。
《劇場舞台用のデザインスケッチ》アルヴァ・アアルト。ここでもアーチがデザインされている。
1924年に製作された超初期のブロンズ製ドアハンドル。この頃はまだ古典的なデザインだったことが窺える。
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