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スキャンダラスな写真家、ヘルムート・ニュートンの素顔とは?|石田潤のIn The Mode
November 30, 2020 | Design, Art, Culture, Fashion | casabrutus.com | text_Jun Ishida editor_Keiko Kusano
今年、生誕100年を迎えた写真家、ヘルムート・ニュートンのドキュメンタリー映画『ヘルムート・ニュートンと12人の女たち』が公開される。スキャンダラスな写真を撮り続けた写真家の素顔とは? 彼を知る12人の女性たちが語る。
脳裏に焼き付いて離れないファッション写真を一枚挙げるとすれば、私はヘルムート・ニュートンの《ル・スモーキング》を挙げる。1975年にニュートンが「フレンチ・ヴォーグ」誌で発表したこの写真は、イヴ・サンローランがデザインした女性のためのタキシードルックをパリの路上で撮影したものだ。1966年にサンローランが発表した当初、女性がメンズの服を着るというコンセプトは否定的に受け止められたという。だがジェンダレスがファッション界の大きな流れとなった今、《ル・スモーキング》はその先駆けとも、始まりとも言える。モノクロームで撮られた男装の麗人。髪は撫でつけられ、片手には細いシガレットを持っている。背徳的なムードに満ちたこの写真はパリの夜を象徴するものだが、背徳感はニュートンの写真に常に纏わりつく。『The Bad and The Beautiful』は、間もなく公開されるヘルムート・ニュートンのドキュメンタリー映画のタイトルだ(日本語タイトルは『ヘルムート・ニュートンと12人の女たち』)。まさにニュートンの写真には、悪と美が共存している。
ヘルムート・ニュートンは、1920年ドイツ、ベルリンに生まれた。裕福なユダヤ人家庭に生まれたニュートンは、幼い頃からカメラに興味を抱く。女性ファッション写真家の先駆けであるイヴァことエルゼ・ジーモンのもとで学ぶが、1938年にナチスによるユダヤ人迫害を受けベルリンを離れ、イタリアからシンガポール、そしてオーストラリアへと移り住む。映画では、自由に溢れたワイマール共和国時代からナチスの台頭、支配へと移りゆくベルリンの姿を記録した写真や映像が差し込まれ、ニュートンも当時のことを振り返る。
「日中は逃げ回り、夜間は息をひそめた。親切にしてくれる人もいた。(略)危険を犯して助けてくれる人も屋根裏にユダヤ人をかくまう人もいた。だがーー全ドイツ人が善人だったわけじゃない」
皮肉なことだが、映画を通じて気づかされるのは、この時代が与えたニュートンの写真への影響だ。彼が写真で表現した女性の肉体美は、ナチスのプロパガンダ映画を撮影したレニ・リーフェンシュタールのそれを思わせる。イザベラ・ロッセリーニは「レニが男性を描くやり方で彼は女性を撮った」と述べ、ニュートンもその影響を否定しない。ニュートンはリーフェンシュタールを天才と認め、「ナチスの影響を受けてると今も批判される。当然だろ、そんな環境で育ったんだ」と言い放つ。彼は否定し難い事実を隠さずに、タブーに挑戦し続けるのだ。
「日中は逃げ回り、夜間は息をひそめた。親切にしてくれる人もいた。(略)危険を犯して助けてくれる人も屋根裏にユダヤ人をかくまう人もいた。だがーー全ドイツ人が善人だったわけじゃない」
皮肉なことだが、映画を通じて気づかされるのは、この時代が与えたニュートンの写真への影響だ。彼が写真で表現した女性の肉体美は、ナチスのプロパガンダ映画を撮影したレニ・リーフェンシュタールのそれを思わせる。イザベラ・ロッセリーニは「レニが男性を描くやり方で彼は女性を撮った」と述べ、ニュートンもその影響を否定しない。ニュートンはリーフェンシュタールを天才と認め、「ナチスの影響を受けてると今も批判される。当然だろ、そんな環境で育ったんだ」と言い放つ。彼は否定し難い事実を隠さずに、タブーに挑戦し続けるのだ。
イザベラ・ロッセリーニ、アナ・ウィンター、シャーロット・ランプリング、マリアンヌ・フェイスフル、グレイス・ジョーンズ、ナジャ・アウアマン、クラウディア・シファー……、映画にはニュートンと仕事をした綺羅星の如き女優たち、モデルたち、編集者たちが登場する。ニュートンは2004年に逝去しているが、「Me Too」運動が起こり、写真に描かれる女性像が問われる今、彼の写真はどのように受け止められたのだろうか? 映画にはスーザン・ソンタグがニュートンとのTV討論で、作品と作者は同一視しないと言いつつ、「あなたの写真は女性蔑視で不愉快」と批判する場面も現れる。確かにニュートンの写真には、時には不快に思える女性のイメージも登場する。しかし、ニュートンと仕事をした女性たちがいずれにも口にするのは、彼との仕事の心地よさだ。ヘルムートの代表作の一つに『ビッグ・ヌード』シリーズがあるが、フルヌードの女性たちは、見るもの(撮るもの)を見下ろすかのように堂々とたたずむ。女性の強靭な肉体、そして精神への賛美と敬い。彼の写真から感じるのは、エロチシズムよりむしろそうしたものだ。
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illustration Yoshifumi Takeda
石田潤
いしだ じゅん 『流行通信』、『ヴォーグ・ジャパン』を経てフリーランスに。ファッションを中心にアート、建築の記事を編集、執筆。編集した書籍に『sacai A to Z』(rizzoli社)、レム・コールハースの娘でアーティストのチャーリー・コールハースによる写真集『メタボリズム・トリップ』(平凡社)など。