セットデザインからひもとく映画『グランド・ブダペスト・ホテル』。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

セットデザインからひもとく映画『グランド・ブダペスト・ホテル』。

作品に出演もしている野村訓市さんが、NYでウェスと対談。セットデザインへのこだわりを存分に話してもらいました。

©2013 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
モノ作りをするものにとって一番の立ち位置というのは、アンダーグラウンドの先鋭さも持ち、マニアックな人たちの支持を受けながら、メジャー並みに売れるというところにあると思うのだが、それはどの分野においても実は一番難しいこと。尖ったものを作れば作るほど一般には受け入れられず、受け入れられるように工夫をしだすと、コマーシャルに魂を売ったとコアなファンから袋叩きに遭ったりする。

芸術性と商業性のバランス。この難題をサラリとクリアした男が映画界にいる。それがウェス・アンダーソン。テキサス出身のちょっと浮世離れした雰囲気を持つ痩身の監督は、学生時代に親友であるオーウェン・ウィルソンと作った処女作『アンソニーのハッピー・モーテル』で注目を集め、2作目の『天才マックスの世界』でブレイクし、以来、芸術性と商業性を兼ね備えた孤高の映画監督として、ハリウッドの若手監督たちの中で図抜けた才能を持つものとして評価を受けるようになった。

個性的な登場人物、どこかオフビートな物語展開、そして水平移動する特徴的なカメラワーク、ウェス組ともいえる馴染みの俳優人。特徴を挙げればきりがないが、その中でも有名なのが凝りに凝りまくったセットと、こだわりが炸裂する衣装。写真を見るだけで「あぁこれはウェスの映画だ」とすぐわかるほどの世界観で、毎作が世界中のファッションデザイナーからペインター、ミュージシャンのアイデアソースになったと公言されるほど、アーティストたちのハートをグッとつかんで離さないのだ。

その独自性をあらゆるうるさい批評家や、オタク映画ファンから賞賛されながら、毎作撮るごとに商業的にも成功するという、ハリウッド監督が夢見る一番美味しいポジションに君臨している、それがウェスなのだ。
左/30年代のブダペストホテルのエントランスは、旧百貨店の2階に。僕がいたときはまだ工事中で、開かずの間として入れず。右/コンシェルジュデスクに立つジェイソンは『天才マックスの世界』からの常連俳優。昔からの知人で、セットの脇で一緒におしゃべり。

撮影現場で触れた圧倒的なウェスワールド。

そんなウェスとは10年ほど前にソフィア・コッポラの紹介で知り合って以来付き合いを続けているのだが、6月に公開される新作『グランド・ブダペスト・ホテル』の撮影に呼ばれて現場を見るチャンスを得た。友達をカメオに使う癖があり、日本人俳優役として呼び出されたのだ。はっきり言ってなくてもいいような露出なのだが、友達としてわざわざ呼んでくれたわけで、それを断りゃ男が廃る。しかも一ファンとして、そのセットがどうしても見てみたかった。

向かったのはドイツとポーランドの国境に近いゲルリッツという街で、そこにある古い百貨店をホテルに改造したセットで始まる撮影の初日に到着した。セットはあらゆる細かい点まで逐一ウェスから指示が出され、圧倒的なまでの完成度を誇っていた。シーンごとにテーマカラーがあり、指定カラー以外は一切が排除される。そしてその場所でキャストが着るコスチュームもまたそれに合わせて色が指定されている。

今回の映画は、1960年代のグランド・ブダペスト・ホテルを舞台に30年代のホテルでの物語を回想するというコメディータッチの冒険談であり、ミステリーの要素もある映画。そのため、60年代と30年代のホテルのロビーが百貨店の1階と2階にそれぞれ作られた。

「ロケハンでヨーロッパ中を回ったよ。名前の通りハンガリー、ドイツ、チェコ、スイス。本当はホテルで撮影したかったんだけれど、それは難しくてね。そんなときにドイツのゲルリッツでセットを組むという案が浮かんだんだ」
左/60年代のブダペストホテルは'階に。ドイツ中を駆けずり回って集めたという東ヨーロッパ物の自動販売機が並ぶコーナーもあり。右/滞在は3泊ほどで、僕のシーンはすべて60年代だったため、見ていないセット。パステルカラーのお菓子っぽいテーマが爆発のセット。

時代に合わせて浮かぶ、色にまつわるイメージ。

先日ニューヨークで会ったウェスは、セットについてさらにこう話してくれた。

「ホテルについてはいろんなモチーフがあるよ。30年代のホテルはチェコのカルロヴィ・ヴァリという古い保養地にあるホテルを参考にしたんだ。その中でも特にパップホテルが参考になったかな。もちろんそこだけじゃなく、ほかのホテルのイメージをいろいろと取り込んだけれどね。ハンブルクにあるアトランティックホテルやウィーンのインペリアルホテルとか。浴場のシーンが映画にあるんだけれど、それはブダペストにあるゲラートというホテルからインスピレーションを受けた。もちろんヨーロッパのホテルの古い写真を片っ端から集めて参考にしたよ」

30年代、そして改装された60年代のブダペストホテルは、特徴的な色彩をまとい、時代背景に忠実ながら、完全にウェスワールドを体現したホテルとなった。

「時代に合わせてテーマを作ったんだよ。30年代はケーキやアイスクリーム、砂糖菓子といったパステルカラーが頭にあった。そして60年代はプラスチック感のあるオレンジやグリーンのイメージが浮かんだんだ。僕にとって色彩はとても重要なものなんだ、ほかの監督が思うよりきっとね(笑)。それがなぜなのか特に理由はないんだけどね。色についてただアイデアがよく浮かぶんだよ。例えば『ファンタスティック Mr.FOX』では撮影フィルムの中にほとんど青を使わなかった。何か面白い画が撮れたらいいな、というアイデアだけで始めたんだけれど、出来上がりにはすごく満足したよ」
左/地元のお菓子屋さんが映画用に作ったお菓子。ウェスは実際に食べ物にうるさく、ロケ中のホテルにもお抱えシェフを3か月キープ。右/ハイファッションのメゾンにも熱狂的なファンが多いウェス。写真のトランクセットはプラダ。マダムDの赤いコートはフェンディとか。
撮影現場には3泊しかしなかったのだが、その間中はまさにウェスの映画の世界で生活する感じで、現実感のない夢のような時間だった。ジュード・ロウやジェイソン・シュワルツマン、レイフ・ファインズらと一緒に食事をしながら過ごしたのだが、主人公以外は信じられないような安いギャラで出演していると聞いた。誰もがウェスの大ファンで、実際彼の映画に出られるならノーギャラでもいいというハリウッドスターは大勢いるらしい。そして皆ウェスが作り上げるセットに身を置き、コスチュームを着たいと夢見ているらしいのだ。その結果、呼ばれた役者は素晴らしい演技を披露し、映画の完成度をさらに高める。今回の『グランド・ブダペスト・ホテル』は3月に世界で公開が始まり、過去作の数倍の興行成績を叩き出し、アメリカやヨーロッパでは大ブームを巻き起こしている。今までのウェスファンだけでなく、今まで見たことがない人にも楽しめるストーリー、何より建築/内装ファンにはたまらないであろうセット。映画ファン、ファッションファン、だけのための映画じゃありません。カーサ読者の皆さん、本作はあなたたちのための映画です。

元ネタはチェコの温泉街ホテルでした。

ホテルのモデルのひとつになったという〈GRANDHOTEL PUPP〉がこちら。チェコの温泉街・カルロヴィ・ヴァリにあり、ここのホテルも実際に60年代に改装したらしく、そのイメージもモチーフに。
©Steve McQueen

『グランド・ブダペスト・ホテル』

伝説のコンシェルジュが、長年のお得意様である伯爵夫人を殺害した容疑者に!? 愛弟子のベルボーイと事件の謎に挑むが…。監督:ウェス・アンダーソン。全国ロードショー中。