FASHION
彼はなぜ姿を消したのか? 映画『We Margiela マルジェラと私たち』|石田潤のIn the mode
| Fashion, Culture, Design | casabrutus.com | text_Jun Ishida editor_Keiko Kusano
もはやファッション界の神話的存在になりつつあるマルタン・マルジェラ。彼とともに「メゾン マルタン マルジェラ」を作り上げた人々の貴重な声と記録映像からなるドキュメンタリー映画がまもなく公開される。ブランドの誕生秘話、そしてマルタン・マルジェラが突然ファッション界から姿を消した理由とは?
イヴ・サンローランとピエール・ベルジェ、グッチ時代のトム・フォードとドメニコ・デ・ソーレ、マーク・ジェイコブスとロバート・ダフィー。時代を変えたファッション・デザイナーの隣には、必ずと言っていいほど優れたビジネス・パートナーがいた。ミステリアスなデザイナーとして知られたマルタン・マルジェラもまた然り。クリエイションだけでなくブランディングにおいても唯一無二の存在であったこのブランドも、彼一人では作り上げることはできなかった。
マルタンのパートナーの名は、ジェニー・メイレンス。彼とともにブランドを立ちあげ、コンセプトを練り、今もなおファッション界にはびこる「マルジェラ神話」を作り上げた女性だ。映画『We Margiela マルジェラと私たち』は、ジェニーを中心に、ブランドの誕生時から2008年にマルタンが去るまでの間、マルタンとともに働き、「メゾン マルタン マルジェラ」を支えてきた人々の貴重な声と記録映像から構成されるドキュメンタリー作品である。
まず、タイトルの「We Margiela」を見てすぐに思い起こしたのは、メゾン マルタン マルジェラがよく「We(私たち)」という言葉を使っていたことだ。2002年に『流行通信』という雑誌でマルタン・マルジェラの特集を作ったことがある。その中でマルタンへの書面インタビューを試みたが、回答すべてが「I(私)」ではなく「We(私たち)」という主語で返ってきた。それはマルタンとブランドの意思表明であり、この特異なブランドを理解する鍵もまたそこにあった。
映画の中でも、彼らが「We」という言葉を使ったことへの言及がある。それは、組織的には、ブランドが大きくなるに連れ、マルタンは服作りに専念し、その他の作業(マスコミ対応から展覧会作りまで)はジェニーを始めとする人々が担わねばならなくなった過程での派生物であり、クリエイションの面では、マルタンを頂点としてスタッフが休むことなく全身全霊を尽くして作り続けたことの証でもあった。マルタン・マルジェラは服作りの天才だったが、ファッション・ビジネスは一人では成立しない。デザイナーのみを表舞台に出すことでカリスマ性を演出するブランドが多いなか、メゾン マルタン マルジェラは、逆に誰も舞台に出ないことによってブランド自体がカリスマとなった稀有な例でもある。
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石田潤
いしだ じゅん 『流行通信』、『ヴォーグ・ジャパン』を経てフリーランスに。ファッションを中心にアート、建築の記事を編集、執筆。編集した書籍に『sacai A to Z』(rizzoli社)、レム・コールハースの娘でアーティストのチャーリー・コールハースによる写真集『メタボリズム・トリップ』(平凡社)など。
