CULTURE
柳田国男の名言「…を、我々の口言葉はもう果たしていないのである。」【本と名言365】
June 13, 2024 | Culture | casabrutus.com | photo_Yuki Sonoyama text_Kentaro Wada illustration_Yoshifumi Takeda design_Norihiko Shimada(paper)
これまでになかった手法で新しい価値観を提示してきた各界の偉人たちの名言を日替わりで紹介。日本民族学の祖として、全国を歩き渡りながら伝承や郷土文化の研究に勤しんだ柳田国男。方言や伝統ことばを中心に、日本語の発祥や変遷についても探究を続けた柳田が捧げる、現在の「日常会話」への鋭いメッセージ。
つまりは互いに理解しあうだけの機能を、我々の口言葉はもう果たしていないのである。
柳田国男が足を踏み入れなかった日本の土地はない。そう言っても過言ではないほど、北の雪国から南の島まで、全国各地に「柳田先生」の逸話が残っている。ある時は地域に残る伝説を集め、またある時は狩猟文化の記録をしたためる……。日本民俗学の開拓者としてさまざまな郷土文化を追い求めた柳田。それと同様に生涯をかけて情熱を注いだのが、文法や難解な言語学にとらわれない、日々の生活に根づいた「日常会話」としての日本語教育だった。
ありがとう、すみません、いただきます……普段何気なく使う言葉の全てに起源があり、変遷がある。柳田はその一つひとつを丁寧に拾い上げ、どのような変化をたどって現在にたどり着いたのか、さまざまな日本語文化を比較しながら検証していった。自身のエッセイ『毎日の言葉』では、時代を経て変化する日常の言葉にこう語っている。
「言葉は時世につれていくらでも変って行くものだということに心づき、これからさきもさらに好い言葉をこしらえるように、めいめいが念じまた努めて行くことが必要で、それをただ自然の成り行きに任せておくと……紛らわしい、まずい結果になるのであります」
時代とともに言葉が変わることは当たり前のこと。その変化を見極めながら、良い言葉づかいを追い求めることで、実りのある会話が生まれると説いた柳田。一方で「互いに理解しあうだけの機能を、我々の口言葉はもう果たしていないのである」と語るように、言葉が簡略化され、味気ないものになるにつれて、コミュニケーションの質が落ち始めていると警鐘を鳴らしていた。柳田がこの世を去って半世紀以上が過ぎ、言葉も会話のあり方もがらりと変化した。もし彼が生きていたのならば、さまざまな言葉が飛び交う現在のSNS社会にどのような声を投げかけていたのだろうか。
柳田国男が足を踏み入れなかった日本の土地はない。そう言っても過言ではないほど、北の雪国から南の島まで、全国各地に「柳田先生」の逸話が残っている。ある時は地域に残る伝説を集め、またある時は狩猟文化の記録をしたためる……。日本民俗学の開拓者としてさまざまな郷土文化を追い求めた柳田。それと同様に生涯をかけて情熱を注いだのが、文法や難解な言語学にとらわれない、日々の生活に根づいた「日常会話」としての日本語教育だった。
ありがとう、すみません、いただきます……普段何気なく使う言葉の全てに起源があり、変遷がある。柳田はその一つひとつを丁寧に拾い上げ、どのような変化をたどって現在にたどり着いたのか、さまざまな日本語文化を比較しながら検証していった。自身のエッセイ『毎日の言葉』では、時代を経て変化する日常の言葉にこう語っている。
「言葉は時世につれていくらでも変って行くものだということに心づき、これからさきもさらに好い言葉をこしらえるように、めいめいが念じまた努めて行くことが必要で、それをただ自然の成り行きに任せておくと……紛らわしい、まずい結果になるのであります」
時代とともに言葉が変わることは当たり前のこと。その変化を見極めながら、良い言葉づかいを追い求めることで、実りのある会話が生まれると説いた柳田。一方で「互いに理解しあうだけの機能を、我々の口言葉はもう果たしていないのである」と語るように、言葉が簡略化され、味気ないものになるにつれて、コミュニケーションの質が落ち始めていると警鐘を鳴らしていた。柳田がこの世を去って半世紀以上が過ぎ、言葉も会話のあり方もがらりと変化した。もし彼が生きていたのならば、さまざまな言葉が飛び交う現在のSNS社会にどのような声を投げかけていたのだろうか。
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