CULTURE
「特撮研究所」所長が語る、特撮美術の父・井上泰幸。
『カーサ ブルータス』2022年4月号より
March 25, 2022 | Culture, Architecture, Art, Design | a wall newspaper | photo_(c) TOHO CO., LTD. text_Yushun Orita
特撮美術監督・井上泰幸の功績に迫る回顧展が6月19日まで〈東京都現代美術館〉で開催されている。特撮文化において、後続する世代に多大な影響を与えた井上美術の魅力とは?
気の遠くなるような細かさで再現されたミニチュアの都市で、ヒーローや怪獣が物語を繰り広げる特撮。それは作り手の思いが結集した “アート” だ。特撮美術監督の巨匠・井上泰幸の回顧展が東京都現代美術館で開催されている。開催に合わせ、展示に企画協力をしている特撮研究所所長・佛田洋さんに井上美術の魅力を聞いた。
「井上さんは元々、バウハウスを日本に持ち込んだ山脇巌の下で建築を学んだ方なんです。だからこそ氏の設計はとても緻密。ミニチュアで再現する際はミリ単位にまで厳しくこだわっていました」と佛田さん。さらに井上氏はいつも撮られるときのことを念頭に置いて美術を手がけていたという。
「井上さんは元々、バウハウスを日本に持ち込んだ山脇巌の下で建築を学んだ方なんです。だからこそ氏の設計はとても緻密。ミニチュアで再現する際はミリ単位にまで厳しくこだわっていました」と佛田さん。さらに井上氏はいつも撮られるときのことを念頭に置いて美術を手がけていたという。
「井上さんのセットは、カメラがどこにどう入ってもいいよう細部まで丁寧な作り。その上に『自分ならこう撮る』というイメージが常にあったようで、自身のベストポイントは特に飾り込んでいました。展示ではそこも見どころです」
今展では当時の資料のほか、実際に使われたミニチュアも並ぶ。アトリウム空間に再現された「西鉄福岡駅周辺ミニチュアセット」は今展最大の見どころ。『空の大怪獣ラドン』(1956)に登場した福岡の街並みが令和の技術で蘇った。細部まで作り込まれたセットによって、井上作品を肌で感じることができるだろう。
例えば、『ゴジラ対ヘドラ』(1971)の展示コーナーは、圧倒的な情報量で鑑賞者に迫ってくる。同作に登場する怪獣・ヘドラは成長するのに合わせて形態も変化していくのだが、そのすべてのデザインを井上氏が手がけたことは知る人ぞ知る事実。多くのデザイン画と絵コンテ、それらに添えられた細かなテキストの内容から、ヘドラ誕生秘話をうかがい知ることができる。特にデザイン画やイメージボードは、それだけで一つの絵画として鑑賞できるはず。
また、富士の裾野にミニチュアの線路を引いて青島を再現し、圧巻の特撮シーンの数々に佛田さんも唸った『青島要塞爆撃命令』(1963)の構想ノートやセット図面なども豊富に展示されている。設計と現場工事も井上氏が担当し、一ヶ月かけて完成させたというオープンミニチュアセット。当時の様子を記録した現場写真も多数並んでおり、その製作過程を想像してみるのも面白い。そして、実際には存在しないものの、自衛隊が所有していそうな絶妙なリアリティがあるのだと佛田さんが評する架空の兵器「メーサー殺獣光線車」の図面の展示も。特撮ファン垂涎の代物だろう。
今展では当時の資料のほか、実際に使われたミニチュアも並ぶ。アトリウム空間に再現された「西鉄福岡駅周辺ミニチュアセット」は今展最大の見どころ。『空の大怪獣ラドン』(1956)に登場した福岡の街並みが令和の技術で蘇った。細部まで作り込まれたセットによって、井上作品を肌で感じることができるだろう。
例えば、『ゴジラ対ヘドラ』(1971)の展示コーナーは、圧倒的な情報量で鑑賞者に迫ってくる。同作に登場する怪獣・ヘドラは成長するのに合わせて形態も変化していくのだが、そのすべてのデザインを井上氏が手がけたことは知る人ぞ知る事実。多くのデザイン画と絵コンテ、それらに添えられた細かなテキストの内容から、ヘドラ誕生秘話をうかがい知ることができる。特にデザイン画やイメージボードは、それだけで一つの絵画として鑑賞できるはず。
また、富士の裾野にミニチュアの線路を引いて青島を再現し、圧巻の特撮シーンの数々に佛田さんも唸った『青島要塞爆撃命令』(1963)の構想ノートやセット図面なども豊富に展示されている。設計と現場工事も井上氏が担当し、一ヶ月かけて完成させたというオープンミニチュアセット。当時の様子を記録した現場写真も多数並んでおり、その製作過程を想像してみるのも面白い。そして、実際には存在しないものの、自衛隊が所有していそうな絶妙なリアリティがあるのだと佛田さんが評する架空の兵器「メーサー殺獣光線車」の図面の展示も。特撮ファン垂涎の代物だろう。
特撮文化において後続する世代に多大な影響を与えた井上氏だが、彼の作品のリアルさは彼が美術監督として優れていただけでなく、人生経験も影響しているという。
「井上さんは戦争経験者なので、戦艦の図面にも詳しかった。資料のリサーチ量も膨大で、僕が戦争映画に関わるときには決まって井上さんに助言を求めました。今回の一連の作品群にはそうした井上美術の真骨頂が見られるはずです」
特撮美術に携わる醍醐味についても佛田さんは語る。
「映画において特撮美術は縁の下の力持ちの側面が強いです。撮影の何か月も前から準備を開始して泊まり込みでセットを仕込んでも、撮影が始まれば全部壊しちゃうので儚い。でもみんなそこに情熱を注ぐんです。特に井上さんは大変な労力を費やす方でした」
数々の名画の誕生に貢献してきた特撮美術。数秒のシーンを作り上げるのにどれほど緻密な計算と労力が必要とされていたのか。同展はその裏側を知るチャンスだ。
■ 佛田監督が選ぶ井上作品ベスト3。
井上作品の醍醐味を味わえる、必見の作品はこちら。
「井上さんは戦争経験者なので、戦艦の図面にも詳しかった。資料のリサーチ量も膨大で、僕が戦争映画に関わるときには決まって井上さんに助言を求めました。今回の一連の作品群にはそうした井上美術の真骨頂が見られるはずです」
特撮美術に携わる醍醐味についても佛田さんは語る。
「映画において特撮美術は縁の下の力持ちの側面が強いです。撮影の何か月も前から準備を開始して泊まり込みでセットを仕込んでも、撮影が始まれば全部壊しちゃうので儚い。でもみんなそこに情熱を注ぐんです。特に井上さんは大変な労力を費やす方でした」
数々の名画の誕生に貢献してきた特撮美術。数秒のシーンを作り上げるのにどれほど緻密な計算と労力が必要とされていたのか。同展はその裏側を知るチャンスだ。
■ 佛田監督が選ぶ井上作品ベスト3。
井上作品の醍醐味を味わえる、必見の作品はこちら。
『竹取物語』
晩年は意外にもファンタジー系の作品にも執心していた井上氏。佛田さんは終盤に登場するUFO制作の手伝いをしていた。DVD発売中。発売・販売元:東宝。
晩年は意外にもファンタジー系の作品にも執心していた井上氏。佛田さんは終盤に登場するUFO制作の手伝いをしていた。DVD発売中。発売・販売元:東宝。
『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』
特撮好きなら誰もが知る井上氏考案の「メーサー殺獣光線車」が初登場。架空の兵器だがやはりリアリティがある。DVD発売中。発売・販売元:東宝。
特撮好きなら誰もが知る井上氏考案の「メーサー殺獣光線車」が初登場。架空の兵器だがやはりリアリティがある。DVD発売中。発売・販売元:東宝。
『青島要塞爆撃命令』
富士の裾野にミニチュアの線路を実際に引いて列車を走らせ、ヘリから空撮などをして青島を再現した超力作。好評発売中。発売・販売元:東宝。
富士の裾野にミニチュアの線路を実際に引いて列車を走らせ、ヘリから空撮などをして青島を再現した超力作。好評発売中。発売・販売元:東宝。
※3作とも「東宝DVD名作セレクション」より
ぶつだひろし
1961年熊本県生まれ。特撮監督、「特撮研究所」所長。特撮監督の矢島信男に師事し、1990年『地球戦隊ファイブマン』でデビュー。以降長年にわたり『スーパー戦隊シリーズ』『平成仮面ライダーシリーズ』の特撮監督を担当。劇場用映画の代表作に『男たちの大和/YAMATO』(2005年)『ハッピーフライト』(2008年)など。現在、映画『大怪獣のあとしまつ』が公開中。
Loading...