仙厓のユルい禅画《指月布袋画賛》|ニッポンのお宝、お蔵出し | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

仙厓のユルい禅画《指月布袋画賛》|ニッポンのお宝、お蔵出し

禅の教えを説くのに、なぜかユルい絵。禅僧、仙厓が描く禅画は、目は「ちょんちょん」だし、指も描いてない。そんなテキトーな絵で大丈夫? いやいや、悟りの道は絵の上手い下手とは関係ないのです。

《指月布袋画賛》江戸時代。布袋が指さす先には月があるはずだけれど、描かれていない。子どもも布袋も楽しそうで、仲間に加わりたくなる。出光美術館蔵。
日本美術、特に絵画は傷みやすいため、西洋美術と違って限られた期間にしか公開されません。ルーヴル美術館の《モナ・リザ》のようにいつもそこにあるわけではないので、展示されるチャンスを逃さないようにしたいもの。本連載では、今見るべき日本美術の至宝をご紹介!

今回のお宝:仙厓(せんがい)《指月布袋画賛》
お宝ポイント:ご隠居がユーモラスに描いた禅の世界。月は悟りを、指は悟りを開くための経文を表わすが、月は描かれていない。
公開期間:〜10月28日
公開場所:東京〈出光美術館〉


仙厓は寛延3年(1750年)、美濃国(今の岐阜県)に小作農の子として生まれる。11歳で得度、出家し、義梵の僧号を得る。その後、修業を経て40歳の時に博多聖福寺の住持となり、懸命に働く。62歳の時、住持の座を弟子に譲って引退、隠居生活を始める。そしてなんと88歳まで生きるのだ。これは人生50年と言われた江戸時代のこと。仙厓は2,000点を超える禅画を残したとされるが、その大半が引退後に描かれたものだ。なかなか充実した老後である。

彼の禅画は禅の教えをわかりやすく説くだけでなく、かわいらしさやユーモアが漂う。《指月布袋画賛》は月を指さす布袋の絵。月は悟りを、指は悟りを開くための経文を現し、「指だけを見ていても悟りは得られない」という教訓を示す。でも、この絵には月は描かれていない。悟りというものは自ら探すべき、という教えともとれる。子供は単にはしゃいでいるようだ。絵に書かれた「を月様幾ツ、十三七ツ」という子守歌の一節にも、「悟りとは」などという堅苦しいものとは違うゆるさが漂う。