青森の土から立ち上る、棟方志功の全貌。|行くぜ、東北。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

青森の土から立ち上る、棟方志功の全貌。|行くぜ、東北。

「わだばゴッホになる」。棟方志功はゴッホの絵を見て油彩画を始めた。のちに版画を手がけるようになり、文学や民藝、故郷青森の風物など幅広いものからインスピレーションを得た作品を制作する。彼の持つたくさんの顔を見に、〈青森県立美術館〉へ行こう。

棟方志功《飛神(とびがみ)の柵(御志羅の柵)》1968年 紙本・木版彩色 棟方志功記念館蔵
「オドロイテモ、おどろききれない 森羅万象:棟方志功とその時代」というのが展覧会のタイトルだ。その通り、これまで知らなかった棟方志功の足跡が見えてくる。

棟方の最初の転機は文芸誌「白樺」に掲載されていたゴッホの『向日葵』だった。衝撃を受けた彼はゴッホを目指し、それまで描いていた水彩画に代わって油彩画の制作を始める。しかし25歳の頃から「油彩画は西洋人のまねごとではないか」「日本人だけができる仕事がしたい」と考えるようになる。ゴッホだって日本の版画である浮世絵から影響を受けたのだ。こうして彼は版画(棟方は後に“板画”と称する)を始めた。
「白樺」第12巻(1921年)第2号口絵 ゴッホ《向日葵》 青森県近代文学館蔵
もう一つの転機は34歳のときにおとずれた。「大和し美し版画巻」を國画展に出品したところ、全長6メートルもあったためか、委員から持ち帰るように言われたのだ。棟方は通りがかった濱田庄司に涙ながらに訴え、それが柳宗悦の目にとまる。同作品は、柳が開館準備をしていた日本民藝館に買い取られた。

柳と親しくなった棟方は柳の自邸に招かれ、応接間に飾られた「松絵の大鉢」を見て「バーナード・リーチの作品ですか」と尋ねると柳は「九州の名もない職人の作だ」と答える。そして棟方に「君の父は鍛冶職人だそうだが、いつか君も父上の仕事の美を理解するときがくるだろう」と言った。棟方はこの言葉に感激したという。

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