井上雄彦×鳥居徳敏「ガウディを語る」 | 中編 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

井上雄彦×鳥居徳敏「ガウディを語る」 | 中編

『特別展 ガウディ×井上雄彦』最後の巡回地〈せんだいメディアテーク〉にて、6月20日に漫画家・井上雄彦と本展監修者・鳥居徳敏教授(神奈川大学)の特別対談が開催。ガウディ建築から井上さんの創作にまつわる話まで、約1時間たっぷりと繰り広げられました。その中編をお届けいたします。

ガウディは天才ではない!? | ①

「ガウディを語る」前編 後編 はこちら。
鳥居 建築というのは、要するに、床があって、柱があって、壁があって、天井があって、屋根がある、っていう話なんです。これを具体的に見て行きましょう。最初は古代ローマ、見ての通り、壁面も天井も柱も非常に装飾的です。こちらはアルハンブラ宮殿。同じように全面装飾です。ルネサンスもバロック建築あるいはロココ建築も同じようなことです。パリのオペラ座は19世紀、いよいよガウディの時代ですけども、まだ非常に装飾をうたっている。ある意味、建築の王道なわけです。アールヌーボーの時代になってくると装飾が自然を直に取り入れるようになってくる。

鳥居 ところが、フランク・ロイド・ライトになりますと、木造建築がメインですから、石像とは違う装飾のない建築になっていきます。これも日本の建築などに関係するところですね。最終的にはル・コルビュジエの〈サヴォア邸〉のように床も壁も天井も何の装飾性もない建築が出てくるわけです。これはミース・ファン・デル・ローエの1929年の〈バルセロナ・パビリオン〉ですけれども、これが僕たちの時代の建築です。
〈グエル館〉。Casa BRUTUS特別編集『ガウディと井上雄彦』より。photo_Tetsuya Ito
鳥居 じゃあ、ガウディはどこにいるかというと、やっぱりこの歴史の流れの中にいるわけです。ガウディも最初はやっぱり装飾をしています。1877年の〈大学の講堂〉という卒業設計の作品でも、1883〜85年の〈キハーノ邸〉(奇想館)という処女作に近い作品でも、自然をベースにした装飾の柱をつくっている。それから世界遺産の〈グエル館〉になると幾何学的になっていきます。ただ、それはかつての他の建築にも見られるから、ここではまだガウディはガウディになっていない。
〈カサ・バトリョ〉の玄関ホール(右)とその階段を上がった先(左)。Casa BRUTUS特別編集『ガウディと井上雄彦』より。photo_Tetsuya Ito
鳥居 〈アストルガ司教館〉の柱頭はアルハンブラ宮殿をまねているというか、そこにヒントを得てつくっている段階です。〈カサ・カルベット〉はバロックです。バロックをいじくりながらやっています。〈カサ・バトリョ〉になってくると同じバロックでもかなり抽象化されてきて、ここからやっと脱皮というか、自分のスタイルになっていくという話ですね。〈グエル公園〉の門衛館最上階や〈カサ・バトリョ〉の受付ホールなどにはもう装飾がないです。実は建築そのものが装飾になっちゃっているので、中には装飾はいらないよと。

鳥居 こうして見てみると、ガウディ建築というのは歴史から必ずしも離れていないんですね。僕たちの建築というのは、今までの歴史を全部捨てちゃったんですが、ガウディ建築はむしろ歴史を内に持っているというか、すべての歴史を包みこんじゃっている。これがおそらくガウディの最も大きな特徴だと思います。

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