甲斐みのりが案内する、東京の「おいしい」名建築。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

甲斐みのりが案内する、東京の「おいしい」名建築。

旅、散歩、お菓子、パン、手みやげなど、懐かしく、愛らしいものを独自の感性で集めて愛でる文筆家・甲斐みのり。今月出版された『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』も、そんな甲斐の優しい視点が随所に表れる一冊だ。

この本に登場する建築には、“中に入って食べられるおいしいもの” がセットで紹介されている。例えば、アール・デコ様式の装飾が散りばめられた〈日本橋三越本店〉のページには、本館7階の「特別食堂 日本橋」で食べられる〈東京會舘〉の「マロンシャンテリー」や機関車型のお子様ランチ。村野藤吾が手がけ、縦格子のアルミ鋳物で覆われた〈目黒区総合庁舎〉のページには、食堂名物「メガカツカレー」。東京の名建築やそれを手がけた建築家を紹介する書籍は数多あれど、この視点はとても新鮮だ。

「まずは、難しいことは考えず、建築を “体験” してみてほしいなと思いました。食べるものがあれば、その空間で少しゆっくりしますよね。一定時間を過ごしたり、座って視点を変えてみることで、その建築に愛着がわいて、新しいものが見えてくると思うんです」
建築には必ず「中で食べられるおいしいもの」がセットで紹介されている。
建築には必ず「中で食べられるおいしいもの」がセットで紹介されている。
そう話す甲斐がこの本を手がけた理由は、「建築への間口を広げたい」から。東京駅に併設するホテルや、重厚な造りの老舗百貨店、天井の装飾が鮮やかな銀座のビヤホールなど、今回取りあげられているのは、けしてマニアックな建造物ではない。どこも一度は見たことがあり、入ったこともあるような、私たちの身近にある建物だ。自身も「とくに専門知識があるわけではないけれど、素敵な建築は大好き」という甲斐が、同じような人たちを後押ししたいと考え、選んだのだという。

「私のまわりにも『建築は好きだけれど、全然詳しくなくて』と言う方がとても多いんです。でもこの本がきっかけになれば、そういえば気になっていたあの美術館に行ってみよう、と思ってくれるかもしれないですよね。建築家や歴史の知識もなくていい。『なんだか好き』の気持ちを大事にして、身近な名建築にどんどん踏み込んでみてほしいです」

写真も、いわゆる「建築写真」ではまったくない。柔らかい色合いが印象的な写真家・鍵岡龍門が、壁の装飾や天井をまるでお菓子のように愛らしく切り取っている。「この壁いいね、おいしそう!」などと話しながら和やかに進んだという撮影の様子が感じ取れ、読んでいる方も甲斐の視点を追いながら、一緒に散歩している気分になれる。
ディテールの切り取り方が印象的な鍵岡龍門の写真。
辰野金吾設計の東京駅駅舎。
ディテールの切り取り方が印象的な鍵岡龍門の写真。
辰野金吾設計の東京駅駅舎。
アートのようなステンドグラスの実物を見てみたくなったら。名曲喫茶でレモンスカッシュを飲んでみたくなったら。どんなきっかけでも、実際に足を運んでみてほしい。築年数が経っている「名建築」は、保存・改修にむけて多大な金額もかかるものもあれば、それが叶わず取り壊されてしまうものも多い。建築を愛する人が増えていくことが、一番の応援になるはずだ。

「巡っているうちに、ああ私は村野藤吾のロマンチックな建築が好きだ、とか、前川國男建築がかっこいい、とか、自分の傾向が見えてくると思います。そうしたら東京以外にも見てみたい建築がどんどん増えて、旅に出ることが楽しくなる。それもとても幸せなことですよね」

『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築散歩』

甲斐みのり著。1,400円。発行:エクスナレッジ

甲斐みのり

かい・みのり 文筆家。女性が好み憧れるものやコトを主な題材に、書籍や雑誌に執筆。近著に『一泊二日 観光ホテル旅案内』(京阪神エルマガジン社)、『地元パン手帖』(グラフィック社)、『東海道新幹線 各駅停車の旅』(ウェッジ)などがある。