倉俣史朗デザインの寿司屋、〈きよ友〉をご存じですか? | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

倉俣史朗デザインの寿司屋、〈きよ友〉をご存じですか?

香港の美術館に収蔵が決まった倉俣デザインの寿司屋、〈きよ友〉のお別れ会が開催されました。

倉俣史朗が、1988年にデザインした寿司屋〈きよ友〉。新橋駅にほど近い小道にひっそりと佇むこの店は、東京に現存する数少ない倉俣デザインの店舗の一つであり、数奇な運命を辿った店でもある。

2004年に経営難のため暖簾を下ろした〈きよ友〉は、英国の出版社ファイドンの元社長リチャード・シュラグマンにより所有される。しかし、店が再び開くことはなく、営業当時の姿を保ちながら保管されていた。そして14年、香港に建設中の美術館〈M+〉が〈きよ友〉の外観・内観をコレクションとして収蔵することを発表。これを受けて、5月末に〈きよ友〉のお別れ会が開かれた。

青と赤のラインが格子状に配された扉を開けると、御影石と杉を基調としたモダンな空間が広がる。天井は緩やかなカーブを描き、障子を思わせる光の取り入れ方が印象的だ。〈M+〉建築・デザイン部門キュレーターのアリック・チャンは、「〈きよ友〉は、典型的な倉俣デザインの空間とはちょっと異なります」と述べる。「伝統的な日本建築を意識しつつモダンに表現してほしいというオーナーの依頼を受け、茶室を参考にしたと聞いています。倉俣には珍しく自然素材を多用していますが、空間の静かな動きや、浮遊感のある光など彼らしさは随所に生きています」。〈M+〉は、20〜21世紀のアート、建築、デザインなどビジュアルカルチャーを扱う美術館だが、倉俣を、「日本やアジアを代表するデザイナーであるだけでなく、アートとデザインの境界線を探求した人物」と評価する。

お別れ会には、倉俣と同時代を生きたクリエイターから、若い世代まで、日本の建築・デザイン界を代表するさまざまな人々が駆けつけた。倉俣美恵子夫人は、「〈きよ友〉は、海外のお客様や友人たちとくつろぐ場所でした」と振り返る。また伊東豊雄も、「倉俣さんとは、すごく良いお酒をご一緒しました」とその思い出を語った。人々が倉俣氏への思いを馳せながら杯を酌み交わす、〈きよ友〉にふさわしい最後の夜となった。

倉俣史朗への思いを馳せる 〈きよ友〉最後の夜。

上/乾杯の音頭を取るのは、〈M+〉エグゼクティブディレクターのラース・ニッティヴェ。カウンター席の照明は、当初、インゴ・マウラーの照明に倉俣が和紙で作ったシェードを合わせていたが、その話を聞いたインゴがシェードを作りプレゼントしたというエピソードも。下左から/故・菊竹清訓のスミス睦子夫人とアリック。 倉俣美恵子夫人。内田繁。伊東豊雄、平田晃らと話す磯崎新。磯崎は、シュラグマンに〈きよ友〉を紹介した人物でもある。