小村雪岱を再評価する展覧会、都内2館で同時開催中。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

小村雪岱を再評価する展覧会、都内2館で同時開催中。

日本画家から出発し大正から昭和にかけて装幀、挿絵、舞台装置など商業美術の分野で活躍した小村雪岱(こむらせったい)の再評価が進んでいる。現代のアートディレクターに通じるその業績を、印刷物中心に振り返る『複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華~』と、日本画家としての貴重な肉筆画や木版画、舞台装置原画が見られる『小村雪岱スタイル―江戸の粋から東京モダンへ』の2展が、おりしも東京で同時開催中だ。

泉鏡花『日本橋』千章館、1914年
泉鏡花『愛染集』千章館、1916年
大正年間に春陽堂から出版された鏡花本の数々。
東京・日比谷の〈日比谷図書文化館〉で開催中の『複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華~』展は、無名の日本画家から出発して装幀家、挿絵画家として一世を風靡した雪岱の仕事に注目。大正〜昭和にかけての装幀作品や雑誌、新聞などを多数紹介している。

雪岱の装幀家としてのデビュー作は、かねてよりその小説世界に憧れ、運命的に知己を得た文豪・泉鏡花による1914年の書き下ろし小説『日本橋』。画号「雪岱」も鏡花によって授けられたものだ。以後、鏡花本をはじめとする書籍の装幀家として、また後に「雪岱調」と呼ばれる画風で挿絵画家としても大正〜昭和初期に活躍。現代のアートディレクターやイラストレーターに通じる才能を発揮して、数多くの印刷物を生み出した。
泉鏡花『龍蜂集』春陽堂、1923年
鏑木清方『銀砂子』国文堂書店、1934年
吉井勇『麻の葉集』平和出版社、1917年
本展では雪岱の業績を6つのパートで紹介している。『日本橋』以降、ほぼすべての装幀を任された泉鏡花作品を集めた「鏡花本」、邦枝完二「おせん」をはじめとする「新聞連載小説の挿絵」、文藝春秋刊『オール讀物』などに寄せた「雑誌の挿絵」、敬愛する泉鏡花を中心とした文人の集まり「九九九会(きゅうきゅうきゅうかい)の仲間たちの装幀本」、1918年から5年間在籍した資生堂デザイン部門での業績「資生堂意匠部」、1940年に没するまでの晩年、長谷川伸『段七しぐれ』など多くの大衆文学作品を手がけた「大衆小説作家の装幀本」。耽美的な日本画の世界から「髷物(まげもの)といえば雪岱」と評価された挿絵、鏡花を中心とした交友の広がり、装幀家としての円熟と、多面的な仕事の数々を辿ることができる。
邦枝完二「樋口一葉」第1回、『婦女界』、1933年
小村雪岱「挿絵のモデル─個性なき女性を描いて」『ホーム・ライフ』、1935年
邦枝完二『お伝地獄』千代田書院、1935年
吉川英治「官員小僧」第2回、『日の出』、1938年
雪岱のキャリアで異色の業績が、資生堂意匠部でのデザインワークだ。大正期の雑誌『花椿』の挿絵や香水《菊》のパッケージデザインなど、創業者の福原信三が求めた「日本調」を実現し、現代に通じる資生堂デザインの礎を築いた一人が雪岱だった。中でも、現在も資生堂の商品や宣伝物に使用されている「資生堂書体」の源流とみられる「雪岱文字」を、100年前の意匠部にもたらしたことは、注目に値する。
『花椿』創刊号(左)、資生堂、1937年11月1日、第2巻第10号、資生堂、1938年10月1日
復刻 香水《菊》資生堂、オリジナルは1921年
『資生堂月報』第21号(左)、資生堂、1926年6月1日、第40号、資生堂、1928年1月1日
三須裕編『花椿(大正期花椿)』第1巻第2号 資生堂化粧品部、1920年
本展の膨大な展示物は、すべて展覧会を監修した装幀家・小村雪岱研究家の真田幸治氏による個人コレクションによって構成されている。その真田氏に、雪岱の魅力を聞いてみた。

「もともと古書が好きでしたが、20歳代の中頃から戦前の本を集め始め、特に『鏡花本』には魅力を感じるようになりました。明治期には鏑木清方や橋口五葉も装幀を手がけていますが、中でも『日本橋』以降の雪岱による華やかな装幀は美術品のようで特別。一方、挿絵には芸術家としての雪岱がよく表れている。当時は新聞小説が大きな娯楽だったので、私も大正時代の人の目で、彼の作品を追いかけているつもりです」

挿絵画家としての雪岱に関しては、新聞小説の切り抜きから下図まで、広範囲な資料が展示されている。

「ここまで下図にもこだわった挿絵画家は当時、多くなかったと思います。構図を検討したのでしょう。原画はしっとりした薄い和紙に描かれています。極めて細い線まで面相筆で描いたようで、丁寧に細部にまでこだわる人柄が感じられます」

AIがあなたにおすすめ

※過去の記事も表示されます