CULTURE
yahyelが奏でる狂気と安堵のループ。
『カーサ ブルータス』2018年5月号より
April 15, 2018 | Culture | a wall newspaper | text_Katsumi Watanabe
衝撃のデビュー作から1年。自問自答を繰り返し、5人が団結して臨んだ新作『Human』の制作秘話。
Q 『Flesh and Blood』(2016年)発表から約1年、活動を振り返っていかがですか?
池貝峻(以下I) 制作当時は客観的に楽曲や歌詞を書くことができていましたね。もちろん、なにもない状態からの制作だから、そこまで生きてきた感情を込めて。僕らが言いたかったことは、ドメスティックな音楽が多すぎることへの人種的なコンプレックス。誰かが言い出さないと始まらないと思ったんです。また、同じことを感じていても言い出さない人たちを挑発したかった。
Q 居心地の悪さがあった?
I 僕が好きな音楽は、個人的なことを生々しく吐露しているような、ソングライター的な楽曲が多い。でも、そんな音楽は(国内外含め)少なくて、ユートピア感のある音楽ばかりでイヤだった。そういうことを隠さずに言うことが、前作の視点のひとつでした。
Q 表現できたと思いますか?
I 全然思わないです。よく言われたのは、顔を露出しないことへの匿名性や、海外アーティストとの同時代性とか、そんな外側の部分だけで。表現として突き抜けられていれば、そんなことは語られないはずだし、海外へも浸透したと思う。それを成しえなかったことへの不甲斐なさはありました。
Q 新作『Human』には、そんな思いが反映されていると思いますが、どんな点でしょうか?
I 前作の歌詞では「みんなもそう思っているでしょ?」という確信を込め、主語を“We”にしていました。でも、あるとき「自分の感覚って、それほど“We”ではない」ということに気づいて。表現者として逃げないという覚悟の意味で、新作では主語を“I”に変えたんです。
Q メンバーの総意でもあった?
篠田ミル(以下S) 以前から似たようなことは感じていましたが、シングル「Iron」(17年)の制作時から、完全に同じ感覚を共有することになりました。あの曲は「自分の爪を噛みちぎって吐き出すと、そこから分身が生まれる。自分たちのコピーによって、どんどん収拾がつかなくなる」という映像のアイデアを山田(健人)が持ってきたんです。それは池貝の言う“We”から“I”に変わった感覚に近い。サウンドプロダクトに関しては、ライブにおける爆発力や暴力性みたいなものが、前作では閉じ込め切れなかった。新作では、それらをどう落とし込むか、葛藤があったんですが、「Iron」の最後のパートができたときに「あ、こういうことなんだ」と感じました。激情的な音像を全員が確認できたと思うんです。
I 歌詞に関しては、僕が書くので「激情型なのはオレだったよね、ごめん!」みたいなところも含め、わかった部分も多かった。
S 前作は、歌詞にせよ、音像にせよ、相対的な解を探す、客観的な視点があった。逆に『Human』の歌詞は全体的に主観的。サウンドも、手を動かした先でピンとくる音を探す、自分たちを見つめ直し、(言葉や音を)探していく作業に時間を割いたと思うんです。
Q ライブ会場の大きなサウンドシステムで聴けばすごく効果的かと想像しますが、CDで聴くと、音数が少ないように感じました。
S めちゃめちゃ増えてますよ!
I 音楽家である前に、表現する人間でありたいと思っています。サウンドプロダクションは、自分たちを表現するためには、なにが必要なのか。それを諦めずにやった成果が出たと思います。だから、編集にかかった時間が、前作よりも全然多いんです。
Q 最初の想定とは、全然違う仕上がりになった曲も?
S 全然あります。
I もう絶対に“いいね〜!”なんかで終わらせないような(笑)。
S 誰かが違うと言ったらやり直し。納得いかない顔をしている人が一人でもいたらやり直しで。
I 映像担当の山田もレコーディングには参加していて。
Q レコーディングはメンバー全員が対面して進められた?
I メールのやりとりをベースに、週1回はみんなで会って。
S 僕や杉本(シンセサイザー)は、各自で曲を完結させることもできるけど、それではバンドの意味がない。みんなが聴いて、どう思うか。ちゃんとイヤな顔を見ないといけないから。ダメ出しされたら、自分の手癖を離れて、どんな音を出せるかということになっていきましたね。
I 自分だけがいいとか、客観的にいいんじゃないかとか、そういう視点は捨てました。歌詞でもサウンド面でも、全員が本当に納得いくまでやりましたね。だから、メタファーには逃げられない。誰とは言わないけど「ナイトドライブ」とかいうヤツ、マジで嫌いなんですよね(笑)。
Q 安易な表現は許されない?
I 例えば、仏教や神道は、神からのトップダウンで決まる善悪ではなく、結局自分がどうするかというもので。(思考の)ループ感の中で、なにを捨て、なにを得るかが重要。そういうことをひたすら綴っていきました。
S 自分たちで決めた音なんだけど、最終的な納得のポイントは、ある種自分たちで選んだ感じがしない。面白い感覚です。
I それは確かにある。
S 今は「2018年に東京で生活する20代の5人が迷ったら、こうなるんだろうな」ということが、作品に反映させられたんじゃないかと思っています。
Q 近年、音楽の比喩として“癒やし”という言葉は厳禁でしたが、どこかトゲトゲしい『Human』を聴くと、なぜか少し安心するんですよね。
S 確かに。映画『シェイプ・オブ・ウォーター』を観て、なんか安心したんですよ。「こんなことやっていいんだ!」って(笑)。過激な表現のほうが安心できるご時世なのかもしれません。
池貝峻(以下I) 制作当時は客観的に楽曲や歌詞を書くことができていましたね。もちろん、なにもない状態からの制作だから、そこまで生きてきた感情を込めて。僕らが言いたかったことは、ドメスティックな音楽が多すぎることへの人種的なコンプレックス。誰かが言い出さないと始まらないと思ったんです。また、同じことを感じていても言い出さない人たちを挑発したかった。
Q 居心地の悪さがあった?
I 僕が好きな音楽は、個人的なことを生々しく吐露しているような、ソングライター的な楽曲が多い。でも、そんな音楽は(国内外含め)少なくて、ユートピア感のある音楽ばかりでイヤだった。そういうことを隠さずに言うことが、前作の視点のひとつでした。
Q 表現できたと思いますか?
I 全然思わないです。よく言われたのは、顔を露出しないことへの匿名性や、海外アーティストとの同時代性とか、そんな外側の部分だけで。表現として突き抜けられていれば、そんなことは語られないはずだし、海外へも浸透したと思う。それを成しえなかったことへの不甲斐なさはありました。
Q 新作『Human』には、そんな思いが反映されていると思いますが、どんな点でしょうか?
I 前作の歌詞では「みんなもそう思っているでしょ?」という確信を込め、主語を“We”にしていました。でも、あるとき「自分の感覚って、それほど“We”ではない」ということに気づいて。表現者として逃げないという覚悟の意味で、新作では主語を“I”に変えたんです。
Q メンバーの総意でもあった?
篠田ミル(以下S) 以前から似たようなことは感じていましたが、シングル「Iron」(17年)の制作時から、完全に同じ感覚を共有することになりました。あの曲は「自分の爪を噛みちぎって吐き出すと、そこから分身が生まれる。自分たちのコピーによって、どんどん収拾がつかなくなる」という映像のアイデアを山田(健人)が持ってきたんです。それは池貝の言う“We”から“I”に変わった感覚に近い。サウンドプロダクトに関しては、ライブにおける爆発力や暴力性みたいなものが、前作では閉じ込め切れなかった。新作では、それらをどう落とし込むか、葛藤があったんですが、「Iron」の最後のパートができたときに「あ、こういうことなんだ」と感じました。激情的な音像を全員が確認できたと思うんです。
I 歌詞に関しては、僕が書くので「激情型なのはオレだったよね、ごめん!」みたいなところも含め、わかった部分も多かった。
S 前作は、歌詞にせよ、音像にせよ、相対的な解を探す、客観的な視点があった。逆に『Human』の歌詞は全体的に主観的。サウンドも、手を動かした先でピンとくる音を探す、自分たちを見つめ直し、(言葉や音を)探していく作業に時間を割いたと思うんです。
Q ライブ会場の大きなサウンドシステムで聴けばすごく効果的かと想像しますが、CDで聴くと、音数が少ないように感じました。
S めちゃめちゃ増えてますよ!
I 音楽家である前に、表現する人間でありたいと思っています。サウンドプロダクションは、自分たちを表現するためには、なにが必要なのか。それを諦めずにやった成果が出たと思います。だから、編集にかかった時間が、前作よりも全然多いんです。
Q 最初の想定とは、全然違う仕上がりになった曲も?
S 全然あります。
I もう絶対に“いいね〜!”なんかで終わらせないような(笑)。
S 誰かが違うと言ったらやり直し。納得いかない顔をしている人が一人でもいたらやり直しで。
I 映像担当の山田もレコーディングには参加していて。
Q レコーディングはメンバー全員が対面して進められた?
I メールのやりとりをベースに、週1回はみんなで会って。
S 僕や杉本(シンセサイザー)は、各自で曲を完結させることもできるけど、それではバンドの意味がない。みんなが聴いて、どう思うか。ちゃんとイヤな顔を見ないといけないから。ダメ出しされたら、自分の手癖を離れて、どんな音を出せるかということになっていきましたね。
I 自分だけがいいとか、客観的にいいんじゃないかとか、そういう視点は捨てました。歌詞でもサウンド面でも、全員が本当に納得いくまでやりましたね。だから、メタファーには逃げられない。誰とは言わないけど「ナイトドライブ」とかいうヤツ、マジで嫌いなんですよね(笑)。
Q 安易な表現は許されない?
I 例えば、仏教や神道は、神からのトップダウンで決まる善悪ではなく、結局自分がどうするかというもので。(思考の)ループ感の中で、なにを捨て、なにを得るかが重要。そういうことをひたすら綴っていきました。
S 自分たちで決めた音なんだけど、最終的な納得のポイントは、ある種自分たちで選んだ感じがしない。面白い感覚です。
I それは確かにある。
S 今は「2018年に東京で生活する20代の5人が迷ったら、こうなるんだろうな」ということが、作品に反映させられたんじゃないかと思っています。
Q 近年、音楽の比喩として“癒やし”という言葉は厳禁でしたが、どこかトゲトゲしい『Human』を聴くと、なぜか少し安心するんですよね。
S 確かに。映画『シェイプ・オブ・ウォーター』を観て、なんか安心したんですよ。「こんなことやっていいんだ!」って(笑)。過激な表現のほうが安心できるご時世なのかもしれません。
yahyel
ヤイエル セカンドアルバム『Human』が発売中。テキサスでのサウス・バイ・サウス・ウェストから韓国、そして日本国内でのツアーを敢行。メンバーは左から山田健人(VJ/映像制作)、大井一彌(Dr)、池貝峻(Vo)、篠田ミル(Sample & Cho)、杉本亘(Syn & Cho)。