徹底した美学で綴られた、無常観あふれる上田映画。 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

徹底した美学で綴られた、無常観あふれる上田映画。

『カーサ ブルータス』2021年5月号より

海を遠く見下ろせる古い家。実際に舞台となった葉山の別荘兼スタジオで、映画製作の話を聞きました。

主人公の絹子を演じた富司純子(左)。衣装の着物はすべて富司の私物を使った。
(c) 2020 “A Garden of Camellias” Film Partners
資生堂やサントリーなどの広告写真をはじめ、静謐なタッチで内外で高い評価を得ている写真家の上田義彦が、初の長編映画を撮った。『椿の庭』は、美しい家と庭を舞台に、命の儚さや無常観を表した作品である。

Q 物語を着想されたのは15年前だったそうですね。

当時、僕は築後約80年ほど経った古い家に住んでおり、犬の散歩をしながら周囲の家を眺めるのが日課でした。ある日、素敵な佇まいと思っていた一角が、家も庭も壊され、土塊になっているのを見て、喪失感の一言では言い表せないほどのショックを受けた。なにかとても大事なものを失った気がして、すぐに家に帰り、物語のようなものをしたためたんです。ときどき思い出しては書き直していたのですが、あるとき、このうつろいを表すには映画がふさわしいんじゃないかと思い至りました。
孫の渚をみずみずしく演じたシム・ウンギョン。
監督と旧知のチャン・チェンが特別出演。
Q 今回は監督、脚本、撮影、編集の4役を担当。大変な作業だったのではないでしょうか。

大変でした(笑)。自分で編集する予定ではなかったのですが、途中で、僕は必ずしも端正な映画を作りたいわけではないのだと気づきました。セリフを言い終えたあとの思考が宙を舞っている姿など、他の人ならばカットしてしまうようなはざまの瞬間も、僕のなかではどうしても必要なもの。それはもう僕の生理としかいえないものです。映画表現として稚拙になるかもしれないけれども、この生理を込めなければ、自分が作る意味はないだろうと思い、正直な気持ちで作らせてもらいました。

Q 本作は自然とともに昔ながらの日本の暮らしも描かれています。「映像に残して伝えなければ」という使命感はありましたか?

使命感のようなものはなかったですね。残さねばという気持ちでいると、どうしても抽象的になって撮れなくなってしまう。あくまでも自分のために撮っています。ささやかだけれども、心の底から美しいと思うものを積み重ねたとき、全体で自分は何を感じるのか。それを知りたいと思いながら映画を作っていた気がします。でも、それらを美しいと思うのは、次の瞬間には消えてしまう、やがて朽ちてしまうものだからですよね。
庭の草木や食卓に並ぶ果物、家の手入れなど、季節の暮らしが丁寧に描かれる。
家を離れようとしない母を心配する娘の陶子役に鈴木京香。凛とした存在感で魅せた。
Q 上田監督は古い家に手を入れ、育てるのがお好きだそうですが、家はどんなものとお考えですか?

家は住む人の鏡。その人の生き様が表れるのではないかと思います。たとえ建てた方が亡くなっていたとしても、その人の思いが細部に宿っている。物語を思いついた翌年にこの葉山の家に出会い、惨憺たる状況だったのですが、手を入れてこの家で撮ればいいのだと思い、ここで脚本を仕上げました。自分自身の場所ならばいつでもカメラを回せます。そうして、季節の庭や虫が這う姿などを、しょっちゅうフィルムに収めていました。本編に入りきらない映像が山ほど残っているんです(笑)。
うえだよしひこ 1957年兵庫県生まれ。写真家、多摩美術大学教授。日本写真協会作家賞、東京ADC賞最高賞、ニューヨークADC賞など受賞多数。代表作に『QUINAULT』『AMAGATSU』『at Home』『A Life with Camera』、近著に『林檎の木』『68TH STREET』『椿の庭』などがある。photo_Tetsuya Ito
映画『椿の庭』予告篇

『椿の庭』

海の見える古い家に孫と暮らす絹子。手をかけ、季節を味わいながら暮らしていた。ある日、相続の問題で家を手放すことを求められ、絹子は思い悩む。監督・脚本・撮影・編集:上田義彦。出演:富司純子、シム・ウンギョン、チャン・チェン、鈴木京香。シネスイッチ銀座ほか全国公開中。

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